「わくわく」か「もやもや」からの探究テーマ設定
脳内検索®︎の目的は、今より以前の自分自身の、興味・好き・夢中などの「わくわく」、もしくは不満・不服・疑問などの「もやもや」を思い出すことにあります。そうして、改めて注意を向けたものの中で、今もなお自分が引っ掛かりを感じるものに注目します。
探究のテーマ決めに脳内検索®︎を活用する際には、どちらかといえば対象を「もやもや」に絞り込む方が、次への展開がしやすいかもしれません。「どうしてこんなことになってしまっているのだろう」「私だったらこうするのに」。この「何故、私が考えるようなやり方で問題を解決しようとしないのだろうか」のもやもやは、探究に取り掛かる疑問としては最高の部類に入るものです。
一方、「わくわく」から行く場合は、私と同じこの感動を誰かと共に分かち合いたいという気持ちが原動力になるでしょう。順調に進めばよいのですが、もしかしたら「何故、他の人にはこの面白さが伝わらないのだろうか」と、もやもやしてしまうかもしれません。
無理にもやもやさせようという気はさらさらないのですが、探究活動を「旅 = journey」と定義している私としては、なかなか晴れぬもやもやをすっきりさせるため、めらめら闘志を燃やし、こつこつ努力を重ねる姿の方が探究にはしっくりくる気がしてしまいます。
「ダメと言ったらダメ」では納得できない
子どもの時に誰しも感じた「もやもや」の代表といえば、親に許してもらえなかった何かの経験ではないでしょうか。誰でも必ず何かひとつやふたつ、そんな思い出があることでしょう。
私の場合は高校時代にAFSでアメリカ留学をしたいと思っていましたが、それを許してもらうことができませんでした。とはいえ、希望を通そうと親と真剣に話し合おうとしたわけではありません。
行きたい理由をきちんと説明しようとせず、「今までわがままを言ったことがないんだから、一つくらい希望を聞いてくれ」が私の言い分。親(特に母親)の言い分は「アメリカみたいな遠くに行って何かあったらどうするの。きっと怖いところなんだから絶対にダメ」、そこで以上終了でした。
こんな時、子どもに対して親がやることの最近の流行りは「では、プレゼンしなさい」と求めることでしょうか。これに対し私は強烈な違和感を持ちます。おそらくプレゼンでは解決しないと思うからです。お互い感情的な議論になっています。プレゼンを準備することで自分側のやりたい気持ちの整理はできるでしょう。うまくポイントをまとめられると説得できそうな気がしてくるかもしれません。
しかし、それを聞いても親の気持ちはおそらく1ミリも動きません。私の気持ちの整理は親の気持ちの整理とは無関係だからです。
探究チャートで主張を整理する
そんな場面で効果を発揮しそうなのが、京都大学教授・松下佳代氏らの著による「対話型論証ですすめる探究ワーク」(勁草書房)に収録、関連のウェブサイトにも掲載・公開されている「探究チャート」の活用です。
これはいわゆる三角ロジックを基本に構成されています。三角ロジックは「事実・データ」「論拠・理由づけ」「主張」の3つにより構成されます。自分の主張をこのロジックで構成し、相手の主張のロジックもこれに落とし込みます。
相手の主張に対しては「反駁(はんばく)」をし、また、自分の主張への裏付けを強化するためには、新たな「方法」に基づく「実験」を追加する場合もあります。この新たな実験については、対立したり異なったりの主張を展開する相手にとっても、納得する形で行うことが理想でしょう。
親との口論でもよく、「じゃあ、先生に聞いてみて先生がいいと言ったら、母さんも賛成してくれる?」などと最初に確認した上で、先生の話を両者揃って聞きに行くというケースでは、自然にこれを行っているとも言えるでしょう。
事実・データには「使える情報」を
事実・データは、もちろん客観的で信頼の置けるものでなければなりません。とはいえ、それさえ満たせば何でもよいという訳でも、数は多ければ多い方がよいという訳でもありません。目的に適し、かつ、相手の心に響くもの (= 情報) の中から最適なものを厳選してください。選ばれるものは「使える情報」= intelligence であるべきだからです。
例えば、先の私のケースでは、自分が将来進みたい道に行くには、高校生のうちからできる努力をし、「将来も、腹を割って話せる友人」をなるべく大勢、国や地域を超えたところに持っておく必要があるのだ、ということを示すことが有効であったかもしれません。また、反駁のパートでは、母の一番の心配事であった「留学生の安全」について、最新の数値と過去の事例を元に丁寧に反証していくことが求められたでしょう。
このように、対話の場合には対話の相手への理解が最も大切になります。対話をする前提で用意する説得材料と、ただもう有無を言わさず押し切るのだとの覚悟で用意する材料ではまったく異なってしまう可能性があります。
先のチャートは、何度も繰り返し話し合ったが故に、その結果ようやくまとめ得るものです。
「プレゼンして」と言われて「わかった」と答え、一人部屋にこもって作ったスライドは、これとはきっと大きく異なるストーリー展開になっていることでしょう。そもそも、日頃からきちんと話ができていて価値観が同じとわかっていればプレゼンは必要ありません。
実際、私の娘は大学時代に一年間アメリカに留学していますが、話し合うこともなく当たり前に私はただお金の工面だけをしていました。自分が行きたかった私の頭に、反対の「は」の字が浮かぶ訳はないのですから、議論になりません。
探究では「そもそも」を問う
親との対話はチャートを活用してうまく出来たとしましょう。さて、それで終わってしまったとしたら面白いでしょうか。探究が始まるのは、ここからです。
そもそも「何故あんな喧嘩が必要になってしまったのか」が知りたくないでしょうか。できることなら、あのようなことに時間を使うのは避けたいと考えないでしょうか。実際、私と娘は同じテーマでは時間を使わずに済みました。何かケースにぶつかった時、その経験を、後の誰かに活かしてもらえたなら、あなたが費やした時間は無駄にはならずにすみます。
探究では「そもそも何故」を問うことを忘れずに進みましょう。「そもそも何故、意見の違いは生まれたのか」「そもそも何故、親世代は外国に恐怖を感じてしまうのか」「その恐怖は必要な恐怖なのか」「恐怖を感じることがなくなれば、あるいは、感じる必要がなくなれば、未来の可能性はどのような広がりを見せるだろうか」「その広がりは、実質、今となっては不可欠のものではないのか」「だとすれば、適応してもらわなくてはならない」「どうやったら適応できるか」等々と、思いや考えを展開していきます。後の世代の人たちのことも意識しながら。
ネイティブアメリカンの人々は、7世代先すなわち200年先の子孫に与える影響を考慮した上で、「今ここ」の意思決定をするそうです。
人間は、常に学びや経験を積み上げてきました。学術文献の検索ができる Google Scholar のトップページには「巨人の肩の上に立つ」の言葉があります。我々の発見はどれも、それに先立つ先人の発見があってこそという意味で、この言葉は、12世紀フランスの哲学者ベルナール (Bernard de Chartres) の言に帰せられるとされています。
私たちも、後輩たちを少しでも見晴らしの良いところに立たせられたらよいですね。そのためにも、目先に囚われ過ぎず、少し長いスパンで時を捉え、自分たちの探究を充実させていきましょう。
10歳からわかる「まとめ」
・探究したいこと(すなわち、よく調べて問題がわかった上で自分の解決策を編み出し、その案をより効果的なものに改良し続けること)のテーマが見つかると、人生は楽しい
・その見つけ方は、まずは、今の自分のもやもやした気持ちにあるはず
・もやもやにぶつかったら、それを図に整理してみよう
・それには三角ロジックを使うと便利。まず、自分の考えの成り立ちを「主張」「その理由」「それを裏付ける事実」で書く
・次にあなたのもやもやの原因である「あなたに反対する意見」についても、同じような順番で整理し、書いてみる
・そうすると、どこに、そのもやもやの解決の糸口がありそうか、それを考え始めることができるようになる
・あとは、とにかく考えるだけ。脳ミソが汗をかくまで考える。その際は、「今ここ」だけで考えるのではなく、自分の祖先や子孫のことも思ってみよう
・浮かんだ解決策が簡単なものだとしたら、特にそうしよう。なぜ、昔の人たちはその(簡単な)方法を取らなかったのか。その方法を取ると、将来の人に悪い影響が出ることはないのか。過去から未来に続く線の上に、私たち人間は暮らしているのだから
【旧:WEBマガジン・作家たちの電脳書斎 デジタルデン2023年6月7日公式掲載原稿 現:作家たちの電脳書斎デジタルデン 出版事業部 (https://digi-den.net/)】
ジャートム株式会社 代表取締役
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