頭の整理を手伝いつつ見守る
探究学習・活動の途中、中高生は相談会等で大人を相手に対話をします。その目的は答えを教えてもらうためでは、もちろんありません。アドバイスをもらうためというのも少し違います。大人が心がけるべきは、「こうすればいい」や「それではうまくいかない」を口にしないこと。目的はあくまで、子供たち自身が自分で頭の中を整理するのを、多少手伝いながら見守ることです。
以前にも「ブレスト時のように接する」という文脈で書いた通りです。
消費者調査の場面の例
マーケティングリサーチの場面で消費者と面談する際も同様の気遣いをします。正確な反応を引き出すには「誘導しない」ことが重視されるからです。人間ですから、すぐには思い出せないことが多々あります。考えている様子が増えたとしても、協力者を焦らせたりこちらがイライラしたりしてはいけません。双方に好都合なのは、誘導にならない範囲で容易に思い出してもらう手助けができることです。
事例を示します。新型コロナが猛威を振るい始めた頃、生活や業務において変化したことを尋ねるインタビューを実施しました。その際、空欄のチャートを2種類用意しました。3つの枠があるものと、2つの円が一部重なったベン図の2枚です。
まず「新型コロナの前と後で仕事のやり方は変わりましたか」と尋ねます。「はい。変わりました」という人には3枠の方を、「いいえ。ほとんど変わっていません」という人にはベン図の方を、頃合いを見て使用します。変わったという人からは、「コロナ前」と「最中の今」と「コロナが落ち着いた後の今後」について聞こうとしており、左の枠から順にそれぞれの様子を埋めるつもりで、各々独立したものを準備しました。一方、変わらないという人にはベン図を使い、コロナ前後でやり方が変わらない仕事、すなわち重なりの共通部分に入るべき業務項目から挙げてもらおうとした訳です。
特に後者の場合に空欄図は効果を発揮しました。変わっていないと思っていたが、一つひとつをよくよく振り返ると「若干変えていた」ことに気付く場面が多く見られたのです。ざっくり聞かれた時は「何も変わらない」だった認識が、空欄図の助けで「正しく」変化したようでした。
取材後、得た情報を文字で入れ込んでレポート用に作る図解はもっと精緻な構成になります。しかし、ここでの目的はあくまで回答中に、回答者の頭の中の整理を手助けすることです。「ざっくりな枠だけ」の方が邪魔にならず使い勝手が良いのです。
7W2H + I
このような「詰問せずに、自発を促す調子で」中高生と面談を行いたいところですが、様々なパターンの図解やフレームを予め準備するのは面倒です。そこで、私の提案は「7W2H + I」を念頭に生徒との対話を行うことです。周知の5W1Hの変化形です。
Wに2つとHに1つ加わっている理由は以下の通りです。
Whoは「誰が」を指しますが、そこに「誰を・誰に」という目的対象と、「誰と一緒に」という共創する仲間、それら2つを考えるためのWを加えます。後者は、誰の協力が必要かということで、例えば、役場から情報をもらうというようなこともここに入ります。
HowにはHow muchを加え「費用」を意識します。これが頭に入ると、どうやってこのお金を捻出しようか、どうやって節約しようか、と考えるようになります。
1を読み替えたIは、If(もし)のIです。もし誰もやらなかったらどうなるか、自分ならどうするかを強く意識するのに役立ちます。
詰問にならないために
5W1Hのうちのどの疑問代名詞をまず思い付くかは人によるでしょう。中には「よし。まずは根本のところ、理由から聞こう」と思う人もいるでしょうか。「君たちは何故それに取り組もうと思ったのか」という具合です。どこから話を広げるかの順番に決まったものはありません。生徒の様子を窺いながら進めます。いきなり大きなところから聞くと詰問になってしまうかもしれません。まずは、軽めのところから、どこまでしっかり考え抜かれていそうかを探りつつ、「この場のやり取りで不明瞭なところが一つでも解消されるとよいな」という思いを持って関わります。
空き家でカフェをしたい
「私たちのグループは近所に点在する空き家を活用してカフェをしたいと考えています」というチームがあります。彼らとのやり取りを例に対話の進め方を考えてみます。
第一声は「いいね!」で決まりでしょう。さて、次の言葉はどうしましょうか。「何故やりたいの?」「どんな人に利用しに来てもらうの?」「場所はどこ?もう決まっているの?」など、色々考えられます。「どんなメニューを出すの?」もよいでしょう。メニューを聞くと、誰をターゲットと想定しているか、飲み物や食べ物の準備をどう進めようと計画しているかを知ることができます。返答から、自分たちと同世代の高校生の溜まり場にすることを想定しているのかそうでないのか等が少しずつわかってきそうです。
実際の回答からはまず、自分たちの遊び場として欲しいわけではないのだということがわかりました。彼らは地元の空き家問題を深刻に捉え、そこに誰か人が移り住んでくれるにはどうすべきかを考えています。やりたいことはいわばオープンハウスでした。カフェ催事をきっかけに空き家物件に足を運んでもらい、その物件を気に入ってもらってあわよくば移住契約にまで漕ぎつけようというのが大きな野望です。一方で、メニューの質問への回答からは、純粋な空き家であれば水道もガスも使えないのではないかということには、まだ気がまわっていないことも伝わってきました。もしかしたら、「空き家なのだから勝手に使って構わないだろう」と思っているようにも感じます。使用を許可してもらえる空き家があったとしても、手直しや改修なしにカフェを開けるのだろうか、という疑問も湧いてきます。
現在多くの市町村で「空き家バンク」のような窓口が、貸したい人と借りたい人を繋げようとしています。そのような組織があることを自分たちで探し出し、「役場に一度話を聞きに行こうか」となるような展開に持っていきたいところです。こちらからは「空き家は勝手に入って使えるの?」「どこか管理しているところはないの?」のような質問をしながら、生徒に考えてもらいます。
役場の側にはもしかすると、「仕組みは作ったものの周知がうまくいかず、まだ利用が進んでいない」「自分たちだけでやるのは限界がある。誰か手伝ってくれないだろうか」との思いがあるかもしれません。高校生たちがそのような声に出会うことができれば、両者Win-Winの探究プロジェクトが発足することになります。
外来魚を駆除し食用に
「近所の湖に外来の雷魚が繁殖していると聞く。罠を仕掛けて捕まえ食用にしたいと考えている」というチームがあります。話を聞くと、これから寒い時期になると冬眠するので罠を仕掛ける時期としてはよくないなど、調べ学習は進んでいる様子が窺えます。
対話を通して、持っている情報が座学で得たものなのか、もっと実践的な方法で得たものなのかが気になってきました。漁師、魚屋、料理人といったプロの人々との交流が既にあるのかどうかという点です。「(部外者の)自分たちでも思い付くようなことは、きっともう誰か他の人もやってみているはず」と考え付くのは、そのような経験を何度もしてきた大人に特有かもしれません。「雷魚の繁殖が問題になってからどれくらい経つの?」などの質問を投げかけることで、誰がその問題に一番詳しそうか、また、今のところ関係者だけが持っていてまだ文字になっていない情報があるのではないか、そのようなインターネットでは検索できない情報を得るにはどうすればいいのか、等を考えるきっかけにもなるでしょう。新しい仲間が増えたり、誰かの先例を活かし、その上でその先まで行こうとしたり。探究は様々な共創の形とその大切さに気付くきっかけでもあります。
スケジューリング
生徒の探究計画が、先の冬眠のような自然のサイクルではなく、学校の年間カリキュラムの進度のみを意識して考えられがちであることには注意が必要です。「この時期に中間発表会が予定されている。それまでに実験を済ませておかなければならない」のようなものですが、実験に最良のタイミングがある場合には、そこを外すわけにはいきません。しかし、学校スケジュールにだけ目が行きがちなのです。話を聞く際には、その点に気付いてもらうことも大切です。When/What (このタイミングではこれを)から、全体の流れを意識した計画作りをサポートしましょう。
10歳からわかる「まとめ」
・探究対話の目的は、生徒が考えていることの整理の手助け。頭だけで考えていると、矛盾や抜け漏れが多くなることには、特に注意したい
・探究対話は、生徒の自主的な気づきを尊重しつつ組み立てたいもの。その際、5W1Hを基本とする「7W2H + I」を念頭に実施してみよう
・必要なことがリストアップされたら、最後は「いつまでに何をする」が明確になるよう、全体スケジュールの作成をしよう
以下、余談です。
専門性
探究学習で困っていることを高校の先生に聞くアンケート等で、必ず上位に挙がる項目に「指導教員の専門性」があります。テーマのタイトルを生徒から聞いただけで自分はその分野には詳しくないと判断し、「専門家を探さなくては」の気持ちがはやるようです。しかし、そのままの、いわば未整理の状態で専門家に繋げば、「勘弁してください」と断られるに違いありません。専門家にトス?パス?してしまう前にやるべきことは結構あります。まずはそれに気づきたいものです。
一方、整理を促そうとチャート/フォーム/フレーム/テンプレート等を渡し、進め方のノウハウを先回りして伝えようとするのも(大)問題です。生徒が悩み、試行錯誤する時間・過程を大切に残しておきたいものです。身に付くまでの時間は、真剣に悩む時間を経た方が、返って短いかもしれません。
ジャートム株式会社 代表取締役
学校・企業・自治体、あらゆる人と組織の探究実践をサポート。
Inquiring Mind Saves the Planet. 探究心が地球を救う。