ノーベル賞とAI
先週から今週にかけて、今年・2024年の各種ノーベル賞が発表されました。その中で、日本の被団協が平和賞を受賞したことは大きなニュースとなりました。一方で、別の観点から今年大きな話題となったのは、AIでしょう。ノーベル物理学賞は機械学習の基礎原理の発見・発明に授与され、ノーベル化学賞はタンパク質の設計と、機械学習を利用したタンパク質の構造予測に授与されました。特に化学賞については、AIを活用して成果に結びつけているところが、これまでのノーベル賞にはあまり見られなかったことではないかと思います。今後は、このようなことがどんどん増えていくでしょうか。
大雑把に捉えれば、これまでの科学の分野でのノーベル賞には実験が欠かせませんでした。仮説を立て、それを実験等で検証して発見につなげるというのが、典型的なパターンだったといえるでしょう。ところが、AI(機械学習)を使った研究では、その実験の部分をAIに任せます。人間が立てた仮説に対してAIは答えを出してくれますが、何故そのような答えになるのかは教えてくれません。いわば、肝心の部分がブラックボックスになってしまっています。科学の進展は喜ばしいことですが、人間は仮説を立てさえすればよい、後はAIが解決してくれる。細かいところを人間は知らなくて大丈夫、ということになってしまうのだとすると、寂しい気がします。
探究は実験
一方、探究では、その「実験」を大切にします。仮説を立てた後、どういう実験をすれば自分の考えた仮説の補完や証明につながりそうかを検討し、実験計画を練ります。予想した通りにうまく進まなければ実験を見直して別の実験方法を考え出します。どうしてもうまくいかないとなると、一歩戻って、立てた仮説そのものを見直すことにもなるでしょう。このような試行錯誤を大切にするのが探究です。
問題の理解と仮説立案
もちろん、探究では実験の前のプロセスも大切です。探究は、主には学校で、児童や生徒が取り組む学習です。その年齢の子ども達には、知識や経験がまだまだ充分足りていない分野が数多く存在します。例えば、探究を始めたばかりの時期であれば、いわゆる「勉強」や「慣れ」も兼ねて、テーマが教師から与えられることもあるでしょう。そのように「みんなで一緒に取り組んでみましょう」と与えられた探究対象であれば尚更、予備知識などを全く有していない場合もあり、興味を抱けず、抱いても続かず、まずやらねばならない「問題の理解」がなかなか進まないことにもつながる、ということすらあるかもしれません。
徐々に、子ども達それぞれの興味に合わせた自主的な探究テーマ選択が許されてくることになるでしょうが、その段階になると今度は、わかっているつもりでわかっていなかったと気づくことが、多々出てくることでしょう。
有効な解決策を考えるには、まずは、その(社会)問題についての理解を深めるための作業を怠ってはなりません。これが、いわゆる「調べ学習」にあたる部分です。一旦、調べが済んだと思えば、そこで問題の本質を解決するための解決策の策定作業に入ります。その過程で、足りない情報があることに気づけば追加調査でそれを補完していきます。これを繰り返す中で確信が持てれば、いよいよ、解決策の有効性を確認する実験段階へと進みます。
実験の途中でも
実験段階でも様々な壁にぶつかるでしょう。実験のやり方が悪いということもあれば、場合によっては、実験そのものが本来やるべきことと合っていないこともあるでしょう。望んだ結果が出ないのには様々な要因が考えられます。出てきた結果に対して、都度、うまくいかない原因を考える作業を繰り返します。当然、時間のかかる作業です。学校のタイムフレームの中で行うには、最後の段階まで辿り着かないことも多々あるでしょう。また、季節が関係するようなテーマで冬にしか実験ができないなら、学校で一般的な「10月に中間報告」は最初から無理な話です。
結果を出すことは重要ではない
ただし、極論をいえば、探究において、予想した通りうまく結果が出るかどうかは大きな問題ではありません。最後まで行けたかどうかですら問題とはなりません。元々、テーマの大小に関わらず、限られた時間内でやろうとしていることです。
児童・生徒に学んでもらいたいのは「やり方・進め方」です。将来、生きていく中で様々な問題に直面した際に逃げ出さなくて済むように、立ち向かう方法について、そのバリエーションが数多く思い浮かぶような下地を育てること。その前提として、諦めずに挑戦し続ける心構えを養っておくこと。粘り強く取り組んだ経験そのものを将来の糧にしてもらいたいこと。そのあたりが、学校で探究を実践することの本来の目的だと考えます。
AIとの付き合い方
上記の観点から見た時に、ブラックボックスのAIを実験段階で活用することには注意が必要といえます。人間は、何かを考えることやそれを実際に主体的にやってみることを通して各々の人生を充実させていると感じます。将来、AIの活用が今よりも一般化した際に、なんとなくそれに流されてしまうことなく、時には、「何故、AIはこのような結論を出したのだろうか」と立ち止まって考えてみて欲しいと思います。その大切さを思い出してもらうためにも、子ども時代の探究経験が役立って欲しいと願います。
10歳からわかる「まとめ」
・今年のノーベル賞ではAIの活用が話題になった。これまでの実験部分をAIがやってくれているような研究に賞が授与された
・しかし、探究においては、その実験や試行錯誤そのものが大切といえる
・将来、AIの活用がますます一般化するなら、尚更、流されずに主体性を持って生活する意味でも、子ども時代の探究実践体験が、より大切になるだろう
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ジャートム株式会社 代表取締役
学校・企業・自治体、あらゆる人と組織の探究実践をサポート。
Inquiring Mind Saves the Planet. 探究心が地球を救う。