誰もやっていないことを探究する

先輩の活動の引き継ぎ

小学校から高校まで様々な学校での色々な探究活動の様子を見ていると、時折、一学年上の先輩達の探究を引き継いで活動しているチームを見かけることがあります。その形式で探究を行うことの良いところは、先輩達の発見・実績を土台として、その先へと進むことができる点です。例えば、高校の場合、1年生と2年生は学年毎に異なるテーマや内容で探究学習・活動を実施する学校が多いようです。ただ、主に3学期に開催される最終発表会は、学年に関わらず全員が揃って見学できるため、その様子を見て、ある先輩がやり残した部分の続きに取り組んでみたいと思う後輩達が出てくるのです。

多くの探究が時間切れとなる中で

中には、先輩の真似をしてはいけないと指導する学校もあるのかもしれませんが、全く同じことを繰り返そうとしているのではなく、続きに取り組もうとするのであれば、それを制止する必要はないでしょう。むしろ、何代にも渡って長期で取り組む「学校伝統のテーマ」が生まれるなら、それも悪くないと思います。探究スタート時の「課題の設定」に時間がかかるなどして、制限時間内に納得のいくところまで進められずに終了とせざるを得なかった生徒達を数多く見ます。先輩からの引き継ぎであれば、本格的に取り組み始めるまでの時間が最小限で済みそうです。

「先行研究」と捉えれば

一般に、研究者が何かの研究に取り組む際に第一に行うことは先行研究をあたってみることです。先行研究で既に判明していることを前提として、そこから自身の研究の内容や目標を定めて取り掛かります。先輩の探究を一種の先行研究として捉えるなら、先輩から引き継ぐというやり方は、探究のアプローチとして一つの自然な形とも呼べるでしょう。

先輩からの引き継ぎでなくても

先輩からの引き継ぎかどうかに関わらず、先行研究をあたるという作業は、実はすべての探究において生徒には必ず経由してもらいたいと思うプロセスです。今はインターネット検索で大概のことは調べられる時代です。自分が興味・関心を抱く探究テーマが見つかったなら、それについて、既にどんなことがわかっているか、どんな取り組みがこれまで行われてきたか、どこでどのような壁にぶつかっているためにその(社会)問題は未だに解決されないままになってしまっているのか等について、「情報の収集」をしてもらいたいのです。そのような作業を省略したまま探究に取り組もうとすると、あるところまでは既に誰かがどこかでやっていて、改めてやってみる必要がなかったことにまで取り組むことになるかもしれず、非常に勿体無い時間の使い方になります。何でもゼロから取り掛かろうとすると膨大な作業量が思い浮かび、その時点で既に「時間切れ」が見えてしまうことにもなりかねません。一年間や二年間という学校で与えられている時間を最大限有効に使おうとするなら、省略して構わないことは是非とも積極的に省略し、その分、少しでも先に進みたいところです。

実験に対する気になる認識

生徒の中間発表を聞いていて気になる発言の中に、「本で調べてみてここまでわかったので、今度はそれを自分でも実験して確かめてみます」という言葉があります。誰かが実験してくれて、その結果、あることが既に証明されているということが本に書かれていたということなら、わざわざ同じ実験をしてみる必要はありません。実験結果に疑いを持っているというなら、もちろん、やってみて確かめる必要がありますが、そうでないのなら先人の発見を信じてどんどん先に進み、未知のところに達した段階で必要な実験を自身で考案し、考えの正しさを証明するというように物事を進めて行って欲しいと思います。

理科の授業の中では、丁寧で正確な材料や器具の取り扱いができないと正しい結果が得られないことを体感してもらうという目的で、書かれた通りの実験を行うということがあるでしょう。しかし、探究の実験はそうではありません。

探究とは

「まだ誰もそれをやってみていないから、私がやる」ということで取り組むのが、本来の探究です。既に誰かがやってみたことの後追いでは面白くありません。やってみていないとは、正確には、解決法を見つけていないという意味です。問題解決に挑戦してみた人は数多くいても、まだ誰も解決できていないという問題があるなら、それこそ格好の探究対象です。良い解決方法が見つかっていないことが周知の事実なら、あなたがそのテーマを探究対象としたことを不思議がる人はどこにもいないでしょう。

そう聞くと、「課題の設定」に悩んでいた人の中には、「なんだ。だったら、まだ解決されていない社会の問題の中から見つければいいのか」と思う人がいるかもしれません。その考え方は間違いではありません。ただし、有名な社会問題の場合、取り組みが壮大になることが往々にして起こりえます。例えばプラスチックゴミ問題などとすると、アプローチが様々にあることもあり、全てをカバーするのは大変な作業になります。その場合は、どの方面からその問題にアプローチするかを予め定めるのが一つの方法です。ある人は微生物が分解してくれる生分解性プラスチックの開発に絞って課題を探究します。別の人は、企業のプラスチック生産を減らすには需要を減らせばよいということで、プラスチックを使わないで済ませるライフスタイルについて探究します。そのように焦点を絞るのです。探究のタイトルも当然、「プラスチックゴミ問題について」という大きなものにするのではなく、「私達の今のライフスタイルをどのように変更すればプラスチックゴミ問題の解決に近づくことができるか」のように具体的に表現します。これは、発表を聞く人にとっても親切です。どのような心構えで話を聞けばよいかが事前にはっきりするからです。問題のどこに焦点を絞るかが定まったなら、それが正しく伝わるように探究テーマを定めましょう。

10歳からわかる「まとめ」

・先輩の活動を引き継ぐ形で探究に取り組んでいる生徒がいる。課題の設定に悩んでなかなか探究のスタートが切れない生徒には、これも課題設定の一つの方法といえるだろう

・また、その学校の伝統のテーマと呼べるものが生まれるかもしれないという意味でも、この方法は面白い

・探究で時間切れになってしまうのは、何でもゼロからやってみようとすることに原因があるかもしれない。一般の研究が先行研究をあたることから始まるように、誰かが先に進めていてくれることを活かし、そこから自分の探究を始めて構わない

・そもそも、まだ解決策が見つかっていない社会の問題について取り組むのが探究。他の人がやってくれていることを調べもせずに取り掛かってはいけない

・大きな社会問題になっていることに取り組む際には、どの角度からその問題にアプローチするかを明確にし、それを探究テーマタイトルに明示するようにしよう

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