アンケートによる情報収集

アンケートが有意義な時とそうでない時

「アンケート調査の設計と分析」のようなテーマで講演して欲しいと依頼を受ける場合、私は、その一歩手前から話をさせてもらいたいとお願いします。

中学生や高校生の探究を見ていると、アンケートをよく活用している様子がわかります。自身が興味を持った探究テーマについて活動を進めながら、ふと、「同世代の人達は、どれくらいこの問題に関心があるのだろうか」などと疑問を抱き、同級生を中心とした人を対象としてアンケートを打つというのが一つの例です。これは、アンケートの正しい使い方といえるものです。

一方で、問題の原因を突き止める際に、広く、当事者以外も含む人達へのアンケートに頼ろうとしている場面を時折目にすることがありますが、こちらはお勧めできる活用とはいえません。しかし、日常生活では最近この便利さをよく体感しているため、そのように情報収集したいという気になってしまうのでしょう。例えば、電車が事故で止まっているというような時、駅での案内がしっかりしていれば助かるのですが、そうでないこともあります。そのような場合は、鉄道会社のホームページを見に行っても最新情報を得られるとは限りません。掲載されていたとしても「現在、運転を見合わせています」という程度の既にわかっていることしか載っておらず、返ってフラストレーションが溜まります。そんな時、Xを見ると必ずといっていいほどの高い確率で、たまたまその事故が起きた駅や電車内に居合わせたという人がツイートで事細かく状況をアップデートしてくれています。こんな経験を積んでいると、「そうだ。誰かに聞いてみよう」と安易に思ってしまうのかもしれません。ただし、デマをツイートする「成りすまし」が潜んでいる可能性はゼロではありませんし、不正確な情報が返って混乱を起こすこともあります。

私がよく見せる図に、倒木が道を塞いでいる絵があります。前に進みたいと思うのに進めないという「問題」に対し、その問題を引き起こしている原因が倒木なので、倒木をなんとかすることが「課題」です。問題と課題の違いを伝えたい時などに提示する図です。仮に、車で移動中にこれが現実に起きて渋滞に巻き込まれたとします。道が曲がりくねっていたり、倒木の現場から遠く離れていたりして先がよく見えないという時、あなたはどうするでしょうか。急いで届けなくてはならない物を運んでいるなら、このまま待ち続けて間に合うか、空いている反対車線をなんとか引き返して急いで別ルートを行くかの判断をしなくてはなりません。そんな場面であなたはツイートを探すでしょうか。それより、運転手以外の人に、先の方まで歩いて見に行ってもらおうとするのではないでしょうか。自分が責任者なら、運転を代ってもらってでも自分で見に行こうとすることでしょう。原因の把握を確実・正確に行わないと、その後に取るべき行動の判断を間違えるからです。

アンケートで実態把握する際の注意点

主観が入りやすいこと。それがアンケートの特徴です。意見や感想を聞くのにアンケートを使うなら、大きな問題はないでしょう。もちろん、実態を把握するためのアンケートもあります。その際は、人間が思い違いをしやすいことを前提に質問を組み立てる必要があります。例えば、ある商品の普及率を調べたいという場合、「何々を持っていますか」「何個持っていますか」という事実をアンケートで尋ねることはできます。相手が真面目に答えさえしてくれれば、精度の高い情報が得られます。メーカーの出荷数に関するデータは他から得られるのですが、例えば、万年筆のように何十年も使用する人もいる製品の場合には、過去数年の出荷数から割り出しても実態をうまく反映しない数字になることがあります。万年筆の調査についてはメーカーからの依頼で実際に実施した経験がありますが、この時には、「普段、万年筆を使っているか」「普段使っている万年筆は何本か」「普段使っていないが所有しているものも含めると、総数で万年筆を何本持っているか」というような順番で、記憶頼りでもなるべく正確な所有本数に辿りつくように尋ねました。また、使用頻度や使用量に類することも知りたいなら、予め「月一回以上の使用を普段使用とする」などとした「普段」が、その人にとっては具体的にどれくらいなのかを確認します。毎日の人もいれば、週に一回の人も月に一回の人もいます。また、毎日使っていても名前を署名するだけの人もいれば、月に一回でも原稿用紙に大量に書くのに使う人もいるでしょう。その場合は、インクカートリッジやインク瓶の取り替えや買い替えの頻度を聞くなどして、使用量がどれくらいなのかを判断するのに役立てます。

試作品評価のアンケートは有効

主観でいいので感想を聞きたい。かつ、その根拠もしっかり把握したい。このような目的でのアンケート活用の代表的な場面は、試作品評価です。試作テスト品を一定期間使用してもらった後、使用感評価を得るというものです。良いと感じたのはどこで、それは主にどういう理由からか、また、良くないと感じたのはどこで、良くするためにはどのような改善が求められるか、といったような情報をテスト品の該当箇所を具体的に指摘してもらいながら収集します。

ところで、この項の冒頭、「主観でいいので感想を」と書きましたが、これには大切な前提条件があります。それは、アンケートに答えてくれる人が対象者としての条件を正確に満たしていることです。試作品はそもそも、「こんな人に使ってもらいたい」という相手を想定して製作します。テストしてくれる相手がその条件に合致していない場合は、テストをお願いする意味がありません。反対に、条件に合致した人の意見であれば、たとえ耳障りの悪い感想であっても逃げずに聞かなくてはなりません。もっとも、真剣に取り組んでいる人なら要改善ポイントは全て対処したいと思っていますから、むしろ、厳しいことを指摘してくれる人のことを歓迎することでしょう。

生徒たちのアンケートに見られる問題点の一つは、この点にあります。極端な例では、お爺さんやお婆さん向けのアイデアなのに、高校生の友人にテストしてもらっているようなことを見かけることがあるのです。たとえ高校生の方が見る目が厳しいだろうと想定してのことであったとしても、このやり方はよくありません。若くて元気な高校生にはなんともなくても、腕力の劣るお婆さんが、それを長時間使い続けるのは難しいという問題などを見過ごしてしまうことが起こり得るからです。企業が専門の調査会社に調査を依頼するのは、その条件に合致した「適格対象者」を必要な人数だけしっかり集めてくるリクルート力において素人には敵わない面があるからです。中高生の探究では、多人数を対象者として集めることは難しいでしょう。数は少なくてもよい、極端にはたった一人でもよいので、条件にぴったりの人を見つけてきて、その人にテストしてもらうようにしましょう。そうすると、アンケートではなく、直接対面してのインタビューも可能になります。そして、インタビューであれば、元々の予定にはなく、話を聞きながら、あなたがその場で気付いたことや頭に浮かんだことを質問することも可能になります。質問にヌケモレがあれば、いくら分析を駆使しても必要な情報は得られません。設計が大切ということですが、探究テーマについての理解もまだ途中段階にあり、アンケート作成経験も少ない中高生に完璧な設計を求めることには、そもそも無理があります。この意味では、探究では、アンケートよりインタビューを多用することを勧めたいと考えます。

10歳からわかる「まとめ」

・アンケートには使用に相応しい目的や場面がある。そうでない時には、アンケートとは別の方法での情報収集に努めるべき

・試作品について、その使用後評価を尋ねるような場面は、アンケートを活用してもよい。ただし、前提条件として、「こんな人に使ってもらいたい」と最初に想定した条件に合う人を対象者として探し出してこなくてはならない

・条件にぴったり合う人を数多く集めるのが難しい場合は、数より質を重視し、条件に合うことの方を優先する

・一人を対象に行うような場合は、直接対面式のインタビューで行うことを考える。インタビューなら、元々の予定になく、話を聞きながら、その場で急に思い付いたようなことを尋ねられ、有意義に時間を活用できる

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