SSHの探究
先週、私が福井出身だということを知ったある教育関係者の方から、「福井といえば何々高校の探究が素晴らしいようですね」と、私の母校を讃えてくださる話を偶然耳にしました。しかも、全く別々のお二人の方から、連日にわたって褒められました。過去に後輩の現役生から直接耳にしていた話は様々で、中には必ずしも肯定的とはいえないような感想もあったため、「どうした、何が起こった」と不思議に感じました。
しかし、よくよく話を聞いてみると、どちらも科学的なテーマを研究するような探究のことを指していることが判明しました。私の母校は、文部科学省からSSH(Super Science High School)に指定されています。これは、先進的な科学技術、理科・数学教育を通じて、生徒の科学的な探究能力等を培うことで、将来社会を牽引する科学技術人材を育成するための国の取組です。指定されるためには多くのハードルがありますが、指定されると、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)からSSH指定校に対して、物品購入、研修・講師費用等の支援、並びに発表会等の企画運営など、SSHと密接に連携した、取組への積極的サポートを受けることができます。私も過去にJSTが支援する大学の若手研究者のプロジェクトに関わったことがありますが、その様子を見て、支援の充実ぶりを実感しました。
まわりからの支援体制は高校生の探究に大きな影響を与えます。理科系の探究は、理科や数学の教科担任の教諭にとっても、普段の授業との関連も強く、おそらく指導やサポートのしやすい探究分野といえるでしょう。
一人の学生が褒められた理由
前記の、誉めてくださったうちのお一人は大学の先生で、大学生の進学行動原理を研究した論文でも有名な方です。先生の大学で私の後輩が学んだらしく、その学生は、高校時代にまさにSSHらしい授業において、ある話に感銘を受け、そのテーマについて学び続けたいと思い、教わりたい教授を自分で探し発見して、指定校推薦でその大学に進んだそうです。大学入学後は学部を超えて産学連携の勉強会にも出席し、学会報告までしたという優秀な学生だったようです。高校の授業が大学受験を目指したものやそのための指導に留まらず、学問についての興味関心を惹きつけるものであったこと、学問の連続性という意味での高大連携がうまくいった例として、先生の印象に残っているようでした。
総合や総探に関わるようになってから私が「こんなことが起こると嬉しいな」と考えてきたこともまさに同様です。まわりからやらされる地元探究・地域探究ではなく、自身が気にする地元の問題を解決したいという気持ちで専門家を探し、そこに弟子入りして研鑽を積んで、いつか地元に戻ってきてその問題の解決に貢献するというものです。解決せぬまま長年に渡って続く問題が地元にあるなら、おそらく地元だけの力では打開は困難なのだろうと想像がつきます。そうであれば、外に出て必要な何かを呼び込んでこなくてはいけません。その自由を与えずに若者を「外に出さずに囲い込もう」とするのはおかしな話です。無理に出ないようにしなくても、地元の問題がスタート地点なのですから、その若者は必ず戻ってくるのです。
条件付き学生支援
学生を支援するにあたって何か条件が付くことはかねてよりありました。ぱっと頭に思い浮かぶのは自治医科大学です。自治医科大学は全都道府県の出資により設立された全寮制の医科大学で、地域医療を支える総合医を育成することを目標としています。修学資金貸与制度により、入学時の入学金、授業料等の準備は不要となる他、大学を卒業後に一定の条件を満たせば、返還も免除されます。条件とは、都道府県知事が指定する公立病院等に、修学資金の貸与を受けた期間の1.5倍に相当する期間(そのうち2分の1は知事指定の、へき地等の指定公立病院等に)、医師として勤務するというものです。
別の地域振興に関連したもので、つい最近の新聞記事で見つけたのは、福井県鯖江市と鯖江高校と立教大学による次のような連携です。
【参照】 立教大学、Uターン条件に推薦枠 福井県鯖江市と協定
立教大学コミュニティ福祉学部が始めたこの事業は、地方出身の学生に地域振興策を教育し、卒業後、地域に還流するという内容です。具体的には鯖江高校に立教大の指定校推薦の枠を設け、2026年の大学入学に合わせ、同校の生徒を一人受け入れます。また、鯖江市は、学生が大学卒業後に福井県内に就職するのを条件に、学生の生活費を支援します。支援の規模ややり方については今後詰めていくような印象を記事からは受けました。
条件とはいうものの、それが学生本人の将来の希望と完全に一致していれば、決して縛りになるものではありません。むしろ「好きなことをする機会をタダで提供してもらえる」と素直に思えるでしょう。
このような学生支援の成否の鍵は、学生の思いの方が先にあることです。どこかに進学したいが特にやりたいことは決まっていないという生徒に、学校や先生が「お金は要らないようだから、ここに進学してはどうか」と勧める流れは避けたいものです。該当する思いを強く持った生徒にきちんとチャンスが与えられる仕組みづくりが大切になります。
地元との繋ぎ
もう一つ成否の鍵になるものがあるとすれば、学生が他所で学んでいる間に、地元の状況がしっかりと伝わってくる仕組みを作ることです。学生の「恩返し」は、学業を終えてからしか始まらないものではありません。学ぶ途中に頻繁に地元に帰省できる仕組みを大学側も提供する必要があります。立教大学のケースでいえば、担当の教授のゼミの研究素材を鯖江市にしてしまえば、学生は地元のケースで研究を進められます。ゼミ合宿で訪れる場所も鯖江市になるでしょう。フィールドワークが伴わない学びはありません。書斎科学と野外科学のバランスがうまく取れるよう、自治体は支援の方法を工夫すべきでしょう。何もお金の提供だけが支援ではありません。地元から生の最新情報が入ってくるような体制を整えることも立派な支援になります。
10歳からわかる「まとめ」
・SSHに指定された高校では、生徒の科学的な探究能力を伸ばすような支援を国から様々に受けることができる
・将来の地元への貢献を条件に、学生を支援しようとする取り組みは以前よりある
・この取り組みがうまくいくために大切なことは、学生の地元の何をどうしたいという思いがまず先にあること。次に、学生が地元を離れて学んでいる間にも、地元の状況がしっかり伝わってくるような体制ができていること
ジャートム株式会社 代表取締役
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