定時制高校向け探究プログラム案

業界特性は外からは見えづらい

企業から依頼のリサーチ案件の多くは、開発中の新製品や新サービスの評価・改良に関するものですが、時には、10年から15年先の業界の様子を正しく予想するに足る情報を、漏れなく集めて欲しいという要請も受けます。10年先にどんな技術が完成しており、その結果、業界の仕事のやり方がどう変化すると予想されるかを知りたいという訳です。およそ、技術系の担当者が依頼元である場合にこのような案件が届きます。その際、開始前の打合せで注意を喚起したいのは、「新技術が完成すれば、皆はこぞってそれを導入するはず」と思い込んでいると、どうもそれは、業界特性によって様々のようだという点です。先日、農業の将来を予測するための作業としてこれに類することを実施しました。彼らを驚かせたのは、数年前に完成している技術が未だ普及・活用されていないという事実でした。技術さえ完成すれば世の中が一変するというのは幻想に過ぎません。特に、現状に不満がなく、保守的な考え方が広く蔓延している産業においては、たとえ効率が2倍に上がると言われても、変化に踏み切ることはなかなか難しいようです。

働きながら学ぶ人は「中の人」

上記のようなことは、業界の中の人から見ればきっと常識のうちに入っていることでしょう。子ども達が何かを探究しようとする場合、自分探究を別とすると、その対象の多くは未知のことです。今までは「ひとごと(他人事)」でしかなかったことの何かに興味・関心を持ち始め、それを「わがこと(自分事)」として消化できるようになろうと努める過程が、まさに探究だからです。

一方、仕事を持ちながら学ぶために定時制の高校に通う人達は、既に「自らの人生の舵取り」に本格的に取り掛かっています。川や海を知らずして、うまい舵取りは叶いません。この、川のことや海のことをさらによく知り、また、それらと自分との関係をより良くするためにできることを「探究」してはどうかというのが私の提案です。勤務する企業の活動の場として、「川」は国内市場、「海」はグローバル市場と考えます。あるいは、「川」は自分が所属する係や課の単位の身近な居場所、「海」は隣の部署も含む、本部や会社全体といった大きな単位の組織と捉えることもできるでしょう。

人生の舵取りはマネジメント

定時制の高校に通う生徒にとって、より実践的に役立つテーマは、仕事と直結したもののはずです。また、それをテーマにするのであれば、「仕事が忙しいのに、探究活動なんてやっている時間はない」という不満の解消にもなるでしょう。ビジネスの世界を学校に持ち込むのはどうかと思う方もいるかもしれませんが、今や大学院としてのビジネススクールはもとより、高校普通科の生徒にビジネスを(擬似)体験させながら学ばせようと組まれた探究プログラムすらあるほどです。アントレプレナーシップも然りです。ただし、普通科のその生徒達にとってのビジネスは架空のものにすぎませんが、定時制高校の生徒は毎日実際にビジネスを行なっています。彼らにとってのその「日常の仕事」がより楽しくなるためには何が必要か、現状は何が不足していてそれを補うにはどうすればいいのかを探究することは、当人にとって、意味ばかりか実用的な価値もあると感じます。

分野を絞って年間計画を作る

先の「川が国内市場、海がグローバル市場」の例では、市場が相手ですから必要な知識や経験はマーケティング関連になるでしょう。また、次の「組織」の例でいえば、必要なスキルはピープルマネジメント関連のことになるでしょう。

最初からあまり広げすぎると大変になりますから、このように、中心となる分野に絞るようなこともしながら、自分に現時点で欠けていると感じることを謙虚に列挙し、それらを一つひとつ順に手に入れ、リストから除いていくよう計画します。それだけで、立派な「探究の年間計画」が出来上がります。

業務の振り返りを探究の時間に行う

計画に沿って活動した後は探究に必須の「振り返り」を行います。そこに、普段の自身の業務に関しての振り返りが入るのは極自然なことです。普段の仕事を「実践編の一部」と捉え、実践の振り返りを学校にいる間に行うことを習慣づければ良いのです。

この進め方における不都合

上記の方式を実行する場合の不都合は、チームを組んで活動することが難しい点です。たまたま同じ会社から来ている生徒がその学校に複数いる場合はチーム活動も可能でしょうが、普通であれば各人の就職先は異なるでしょうから、全員が個別探究になってしまう可能性がかなり高いのです。

もし、これを複数人によるチームで行おうとするなら、生徒は、その学校に通っておらず同じ会社で働く同僚の中から、本プロジェクト自体に興味を持つ人を探して来なくてはならないでしょう。しかし、そのような学校関係者ではない人と一緒に取り組む探究こそ、より大きな学び、より実践的な学びを得られるチャンスでもあります。

10歳からわかる「まとめ」

・定時制の高校に通う生徒は、その時点で、ある意味、仕事と勉強を掛け持ちした人生を送っているようなもの。限られた時間の中での活躍が期待されているため、両者を掛け合わせたものを様々な局面で考え出す必要に迫られている

・その中で「探究」は、最も掛け持ちのしやすい科目といえる。目の前の「人生の舵取り」に役立つ情報収集やネットワーキング、またアイデア出しや客観的な振り返りを、この時間を活用して行えばよい

・特に振り返りについては、職場にいると日々の業務に追われ、大所高所から業務全般やその中での自身の立ち居振る舞いを見直すという行為はなかなかしづらいものがあるだろう。学校の探究の時間にそれが出来るなら、まさに一石二鳥で、有効な時間使いとなる

・もし、可能なら、会社の同僚と一緒に探究に取り組んでみるのも面白い。あなたが中心となって「自身の人生の舵取り」となる探究を、自身が勤務する会社に導入するきっかけになるかもしれない

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