課題の設定

新学期開始とともに

新学期が始まりました。学年が変わるだけの場合には、自身の探究テーマを前年度から引き継ぐこともあるでしょうが、中学校や高校に新たに入学するとなると、おそらく「課題の設定」からまた新たに探究に取り掛かることになる生徒がほとんどでしょう。本来は、また今後は、学校種が変わっても、前年度から引き続いて「息の長い取り組み」をしてくれる子ども達が数多く現れてきて欲しいと願います。また、学校にも、そういう体制で子ども達の学習・活動を受け入れられるようになってもらいたいと願います。

文科省が用意した「キャリア・パスポート」は、実際はほとんど使われていないという話をあちこちで聞きますが、とても勿体無いことだと思います。おそらく、先生達の手が一杯で、自分が担当する前の学校や学年のことまで考慮している余裕などないというのが現状なのでしょう。そして、次に入って来る子を優先するので、もちろん、後のことについても同様です。しかし、見ようともしない様子の話が伝わってくると、まさか「前」を否定・無視したいとでも思っているのだろうかと、勘ぐりたくもなってきてしまいます。

人が育つ、モノを育てるという行為は「連続したもの」です。企業が使命として製品の改善・改良を継続実行する場合、たった一人の担当者がその製品のライフサイクル全てを見切れるとは限りません。製品の方が、その社員の定年を超えて長く売れ続けることがありますし、製品の成長とともに一人の担当者の守備範囲を超えたところにまでサポートが必要になることも当然あります。最初は、その製品を作り出し製品として完成させることが第一の目標ですから、製作担当の社員が機能面にフォーカスした開発・改良に取り掛かります。そのうち、その製品が市場に受け入れられユーザーが増えてくると、ユーザー独自の使い方なども見られるようになります。そうすると、一律のメンテナンスではうまくいかなくなることも出てきて、メンテナンス担当を数の面で充実させていかなくてはならなくなります。また、使用者の評判が良いと分かっているなら、未使用のユーザーターゲットにもどんどん積極的に紹介していきたいという気持ちになるでしょう。つまり広報・PRを担当する人・部門が別途必要になるわけです。様々な分野のプロ集団が、一つの製品のサポートチームとして形成されることになります。その際に、過去から現在に続く、その製品の変遷に関する情報をそのチームで共有しないことなどあり得ません。当然、その同じ資料を、チームの各メンバーはそれぞれ独自のプロの視点から読み込んでいきます。

人を育てることにおいても、この考え方が当てはまるはずです。できるだけ数多くの大人が、それぞれの経験・体験、知見等を持って、また、連携しながら、その子どものこれまでの人生とこれからを気に掛けられるようにしていきたいものです。

【参照】「キャリア・パスポート」の例示資料等について

課題の設定

さて、「課題の設定」についてですが、その前に、子ども達には自身の興味・関心が今どこにあるかに目を向けさせてあげたいものです。この話を学校の先生達にすると、すぐさま「聞いても何も出てこないんですよ」という返事が戻ってきます。そして私は「それは、あなたの聞き方が悪いからです」と言い返すことになります。

聞き方を工夫するなら「何か今、気になっていることはないの?」「気に入らないこと」「気に入っていること」「心配事」「上手くなりたいこと、征服したいこと」「苦手なこと、克服したいこと」等々と言い換えを試みるのもいいでしょう。しかし、中には、本人がまだ意識できていないこともあります。そんな時こそ、先の「キャリア・パスポート」などの、本人に関する過去資料を参照すべきなのです。それを読み込みながら、「君は、何々が得意みたいだねぇ」「ずっと何々活動を続けて来たんだねえ。どういう点が面白いの?」などと聞いてあげれば良いと思います。

興味をテーマ・課題に落とし込む

次に、上記の興味・関心を、それが「探究の課題」として成り立つよう洗練させなくてはなりません。必要に応じてそのための相談に乗ることが、次なる大人の役目として出てきます。「壁打ち相手になる」「スパーリングパートナーになる」などという言い方をされることがありますが、現状、ここの手を抜く先生が数多く見られます。

これは、例えば、大学や大学院で教授がゼミ生と行うことと似ています。学生が研究テーマを決める際、指導教官となる人は、先行研究を一緒にあたるなどしながら、どの角度からその問題にアプローチすれば、その学生の研究の新規性・独自性が保てるか、相談に乗るはずです。簡単に言えば、先行研究があるなら、それと同じことを行なわないように指導しなければなりません。その先行研究を踏まえた上で、学生がその先まで、つまり、まだ誰もやったことがない領域にまで進んでいけるように道を示すことが求められているわけです。

探究は「差別化」ではない

ただし、研究と探究には違いもあります。研究は最終的に、例えば、まだ誰も発見したことのない物体を見つけるなどのことが目標になります。つまり、他者との差別化がキーになります。しかし、探究の「道」はそれだけではありません。おそらく、探究を行なっていると、最終的に興味・関心のベクトルは自分自身に向くはずです。その問題・課題と自分との関係であったり、それに取り組んでいる自分の姿を、あたかも幽体離脱しているかのように眺めてメタ認知することであったり、それらの体験や理解を今後の人生に活かすこと、今後の自分の人生の舵取りに活かすことも、探究を行う目的の一つです。

10歳からわかる「まとめ」

・新学期が始まり、また「課題の設定」から探究を始める生徒も出て来るだろうが、今後は、進学により学校種が変わっても、前年度からの引き継ぎで同じテーマで長く探究に取り組む生徒も出て来るようになってほしい

・人を育てるのもモノを育てるのも「連続と連携」が大切

・自分の興味や関心が見つからないという生徒はいる。大人はそれを見つける手伝いを諦めてはいけない

・興味や関心が見つかった生徒に対しては、それが「探究の課題」として成立するよう、大人は必要に応じて、整理・洗練を手伝う

・探究を正しく行えば、最終的な興味・関心のベクトルは自分に向くはず