第三回読者交流会で挙がったお悩み
5月に開催した第三回読者交流会にご参加くださった皆さまありがとうございました。今回は調査をテーマに、私がこれまでに関わり、苦労したゆえ却(かえ)って面白いと感じた調査プロジェクトの実例を紹介しつつ、見つけたファインディングスをどう解釈するかの大切さについて話しました。
後半は、いつものように皆さんからの悩みをお聞きする時間に充てました。今回は主に、下記3つのそれぞれ異なる相談がありました。
1. 探究に夢中で寝る時間がなくなり健康を害してしまっている。どうしたらよいか
2. 対話会を運営している。議論が白熱し喧嘩になることがある。どうしたらよいか
3. 近々高校生にグローカルと多様性をテーマに話をする。どんな話題が相応しいか
何かを引いてみる、削ってみる
最初の、寝る間も惜しんで熱中してしまうことに関して、解決法はないかもしれません。熱中できるものがある幸せを堪能してください、と言いたくもなります。
ただ、エンゼルスの大谷選手の例を出すまでもなく、結果を残す人は、寝る時間は削らずに何か別のことを削っているようです。友達に誘われても「もう寝るところだから」と言って断るという話は有名です。彼の場合はそれが徹底しているので、断られた友人の恨みを買うようなことはありません。誰が相手であろうが方針を曲げることがない。かつ、しっかりバットやピッチングで結果を出す。「筋を通す」ので、誰も文句の言いようがないのでしょうね。
引き算の美学ということで思い出したことに、ココ・シャネルの箴言(しんげん)のひとつがあります。
「家を出る前に鏡を見て、身に付けているアクセサリーをひとつ外して」というものです。足すよりも引く。シンプルな上品さを重視した彼女らしい言葉だと感じます。
他にも「下品な服装は服だけが目につき、上品な服装は女を引き立たせる」や「ファッションは建築。全体のバランスが重要なの」、また「エレガンスとは拒絶すること」という言葉も残しています。
対話の場面を想定すると、相手のことを思ってのことではあるのでしょうが、こちらが先回りして有用と思われる情報を次々に相手に送ってしまうのはあまりうまくありません。
反対に、伝えたいことを絞り込み、しかもそれを相手の心の準備ができたタイミングで上手に送ります。それがしっかり届けば、相手の方から、他に欲しい情報を聞いてきます。相手が主体的に尋ねてきたことに対するこちらの応えなら、相手は自然に吸収します。
好循環を生むために、何かをひとつ削ってみることを考えてみてください。
議論と喧嘩は違う
議論が白熱するような対話会のホストができることは、私からすれば羨ましい限りです。ただし、条件がひとつあるでしょうか。それは、その場にいる全員がその白熱した議論を聞いて、見て、なるほどと感じながら楽しんでいることです。これの実現のためには、ご指摘の通り、ホストのファシリテーションがとても重要になります。
納得のいくファシリテーションには事前の準備が大切です。私の最近の講座は、前半が情報提供、後半が参加者とのディスカッションという形式で、特に後半が大切な役割を担っています。後半の盛り上げには、ディスカッションのテーマが絞られていることがひとつ大切な要素になりますので、前半の情報提供でそれに方向づけをしています。
また、事前申込み制を取っているので、初めての方がいる場合には、当日までにご本人とコンタクトを取り、どのような経緯で講座を知り、どのような期待を持っていらっしゃるかを確認します。また、気の知れたメンバーがほとんどの時は敢えて述べることはしませんが、そうでない場合には、「相手の話をよく聞く」「相手のことを否定しない」「相手の意見と人格は別であることを意識する」など、ディスカッションにあたっての注意事項を先に示す場合もあります。
最後の「意見と人格は別」ということに関しては、以前、第一回読者交流会後の記事(第7回)でも、フランス人の会議の様子を例に挙げて紹介しています。
お互いが真剣であればあるほど議論は白熱します。しかし、個人攻撃はいけません。意見の違いは根拠の違いにあるはずですので、お互いの意見の根拠を明らかにし、それを理解しようとすれば、納得はできるはずです。折り合わないと思っても、折り合えない理由が明確になるので「得体の知れない」恐怖感からは解放されて安心できます。ファシリテーターの役割は、それを導き出すことにあると言えるでしょうか。
グローカルと多様性
グローカルから連想する言葉に、Think globally, act locally. がありますが、act locallyに関しては、日本企業は割と早くから対応してきていたと感じます。現地のニーズに合わせて提供する製品に地域差を設けるのが多国籍企業です。進出する国ごとに工場を建設し、そこで生産を行います。現地の人々を採用することで、その土地により溶け込みやすいということもあったでしょう。
トヨタはアメリカの事情に合わせ、日本では提供していないピックアップトラックを現地で生産し、販売しています。売れ筋の商品が各ローカルの事情によって異なるので、それに応えられる商品を個別に提供しようとするわけです。種類が多くなるという点では、グローバル企業に比べ製品の管理が煩雑になる面があることは否めません。
一方、グローバル企業は、globe (地球) をひとつのマーケットとして捉え、そこに単一の商品で勝負をかけてきます。iPhone はグローバル製品です。どの国で購入しても同じ製品であるため、自国に持ち帰って使用することもできるのです。
近年、インターネットを通して、情報がどんどん越境して入ってくるようになってきています。接触する情報が同じで、それが元になって購買意欲が刺激されるなら、世界中あらゆる場所で好まれる商品が似てくることも考えられます。ますますグローバル製品が増え、地域毎の差(多様性)が小さくなることに今後はなるでしょうか。
人の移動により公民館の役割も変わる
ところで、越境はモノや情報だけに限ったことではありません。人の移住も含まれます。相談者の方は、公民館職員の方だったのですが、人の越境によって公民館に求められる役割も近年変化してきているのではないでしょうか。公民館の目的としては「市町村その他一定区域内の住民のために、実際生活に即する教育、学術及び文化に関する各種の事業を行い、もって住民の教養の向上、健康の増進、情報の純化を図り、生活文化の振興、社会福祉の増進に寄与すること」が、社会教育法に掲げられています。
外国人比率の高まり、従来からの住民の高齢化など、構成員の属性が変化すれば、上記の「実際生活に即する教育」の内容も相応に変化が求められるでしょう。自然災害の多発化を受け、避難場所としての公民館の活用機会が増えていることも予想されます。
「多様性」は、act locally, act timely, act accordingly の文脈の中で要請に応える中で自然に展開されていくもののように感じます。その中で、学校教育への関わりもこれまで以上に積極的に求められるようになるでしょう。地域全体で学校教育を支援する体制づくりが叫ばれているからです。
私が取り組んでいる探究活動のサポートの場として公民館の積極的活用もあり得ます。なぜなら、探究は「実際生活に即した学び」=「(幅広い年代間や様々な背景を有する人たちとの交流を通して)学校で習った知識を生活に活かす取組み」とも言えるからです。日本の公民館は、アジア地域を中心に展開されているコミュニティ学習センター(CLC)のモデルとして世界の注目を集めているそうです。ぜひ、探究への積極的な関わりをお願いしたいと思います。
10歳からわかる「まとめ」
・寝る時間はしっかり確保したい。そのために、やらないことにするものを何か決めよう
・相手に何かを伝える際には、要点を絞り込もう。情報の盛り込み過ぎは良くない。相手からの質問を促し、それに応える形で必要な情報を一つずつ加えると、よく伝わる
・会議の進行役になる時は、事前の準備をしっかりしよう。どんな目的で集まっているメンバーかを確認しつつ、その場で話し合ってもらいたいテーマを限定する。誰かの批判をしないなど、話し合いのルールをしっかり伝えることも大切
・多様性は、言葉上ではなく実感・体感をもって理解するもの。その場に行って、その今の状況に合うようにやり方を変えてみると、それが多様性の取り込みになっているはず
【旧:WEBマガジン・作家たちの電脳書斎 デジタルデン2023年6月14日公式掲載原稿 現:作家たちの電脳書斎デジタルデン 出版事業部 (https://digi-den.net/)】
ジャートム株式会社 代表取締役
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