「考える」という営み
考えるという行為は、自身の頭の中だけで完結するものではありません。資料や文献を調べたり誰かと議論したりしたことをもとに、新たな価値ある情報を作り出すことを「知的生産」と呼ぶなら、インターネットはその知的生産の場を大きく変化させた情報インフラといえます。
調べる過程では、(時には遥か遠方の専門)図書館などまで自ら足を運び、(図書館司書の方の力も借りながら)該当しそうな資料を探し出し、それを借り出してノートにメモするというような労力・時間が必要なくなりました。
議論の点では、これまで全く交流のなかった人ともインターネット投稿を通した意見交換が可能になりましたし、そもそもその議論の相手を見つけること自体が容易になりました。また、昨今のChatGPTをはじめとする生成AIの登場で、議論の相手は人間とは限らなくなりつつあるともいえます。知的生産のあり方は、今後さらに変化していくことが予想されます。
検索ワードに「ウソ」を追加してみる
考える作業で大切なことは、ヌケ・モレがないよう丁寧に進めることです。丁寧に進めるには、自分の考えをサポートする情報や賛同する意見が見つかった時に、「あった!」と安心し、そこで作業を終了してしまってはいけません。
反対意見がないかを探します。それには、検索窓に対象の検索ワードに続けて「否定」「ウソ」などの言葉を入れ、その上で改めて検索してみるのも一つの方法です。
例えば、「人生百年時代」で検索すると、この言葉の由来や意味することを解説するページへのリンクが上位に表示され、続いて、厚生労働省、銀行、人事系情報サイト、政党、財団、セキュリティ事業会社等々のページへのリンクがリストアップされてきます。いずれも、人生百年時代を前提として、それに備える必要を各立場から述べているようです。
ただし、このワードの場合には、疑わしいと感じる人が多いのか、検索窓直下の「画像」「ニュース」「動画」と書かれた行に、既に「嘘」という言葉が並んでいます。このような場合には「嘘」をクリックしてください。すると、先ほどの結果とはまるで異なるタイトルから始まるページへのリンクのリストが表れます。それぞれに書かれていることをしっかり読んでみないうちは判断ができませんが、人生百年時代を当然の前提と思い込んでしまいそうなところで、「ちょっと待てよ」と思いとどまらせてくれる効果はあります。
「嘘」のような言葉が、このように、合わせてよく検索される言葉でない場合には、自ら打ち込んでください。その結果、自身の期待とは反対の意見を多数目にすることになった場合には、それらを打ち消すことができるかどうか、一つひとつ丁寧に確認していきます。書かれていることが自身の事情には当てはまらないことがわかれば、その人の主張や意見を尊重して取り入れる必要はありません。
このように、インターネットとの対話を通して考察を進める際には、自身の推論や仮説の吟味・客観視を「メタ認知」、すなわち、もう一段高いレベルから捉え直すことを意識して省察的に実施するよう常に心がけることが大切です。
「お勧め」に表示されるものは人によって変わる
もう一段高いレベルから捉え直したいのは、同じレベルから見ていると「似た者同士」しか周りには存在しないような錯覚に陥ることがあるからです。インターネット経由のアクティビティは他者の行動データとの比較が可能です。
Amazonの機能が有名ですが、比較データを元に「この人も、他の人同様、きっと興味があるはず」と推測され、該当の商品をお勧めされます。このお勧めは商品だけに限らず、SNS上のグループの紹介などもこのやり方でなされます。「あなたが興味ありそうなグループ」がリストアップされてくるのを目にした方も多いでしょう。
この「お勧めに従う」やり方に慣れてしまうと、自分とは考えの異なる人たちとの交流を知らず知らずのうちに断ってしまっていることが起こり得ます。あなたと気が合わなさそうな人は紹介されてこず、そういう人との出会いのチャンスが巡ってこなくなるからです。インターネットの世界は無限に広がりがあるように感じますが、意図的に閉じられたものにされている可能性もあることを知っておきましょう。
「お勧め」でなくても、起こり得ること
情報記事には、その書き手が有効だと判断した他者による別の記事へのリンクが、文中や文末に貼られていることがよくあります。考えてみれば、そのような参照は紙の本においてもあります。しかし、実際にその参照情報を見にいくのは、インターネット上の記事の場合の方が圧倒的に楽なのではないでしょうか。リンクをクリックするだけです。
そうすると、ここでもまた、元の主張と似ていたり、それを補強したりするような情報ばかりを次々と目にすることになります。リンクには、反対の主張に該当するものが貼られることもありますが、その場合には「間違った意見」などのタイトル付きでそれが紹介されがちです。
間違っているかどうかの判断はあなたがすべきです。知らず知らずのうちに「流れに乗せられて」しまわないよう、自分をしっかりと持つようにしましょう。
エビデンス「レベル」を判断する
最後にエビデンスの話をします。情報を探す際、私たちは、つい「それが見つかるかどうか」にだけ注目してしまいがちです。しかし、情報をエビデンスとして使いたい場合にはその情報の「質」にも注目する必要があります。
エビデンスレベルの確認・判定が大切なのです。人や社会を対象とした研究領域でエビデンスレベルが最高に位置づけられるのは「系統的レビュー」です。これは、該当のテーマに関する研究論文を網羅的に収集し、中立的立場から分析・評価を行うものです。
レビューの中でよく実施されるメタ分析は、互いに独立した多くの研究データの統計的手法を用いた統合・評価の技法です。その次にエビデンスレベルが高いとされるのが「比較研究」です。両者には、多くの情報を偏りなく検討するという科学的アプローチの共通点があります。
一方で、私のような文系人間がエビデンスとして重宝しがちな「事例研究」や「専門家の意見」は、特定の事例や特定の専門家の立場が反映されたものになりやすく、エビデンスレベルは最も低いものに分類されます。今後の情報収集の際に意識してみてください。
10歳からわかる「まとめ」
・考える作業には、調べたり他の人と意見を交換したりすることが含まれる。インターネットの登場はそれらの作業を楽にした。AI(人工知能)をさらに取り入れるなどして、今後も大きな影響を与え続けるだろう
・情報を探す時、欲しいものが見つかっても、それで簡単に作業を終わらせてはいけない。反対の意見を述べている情報がないかを確認しよう
・その反対の意見が自分には当てはまらないことがわかったら、見つけた「欲しかった情報」を安心して使おう
・インターネットでは、同じ意見の人だけが集まりやすかったり、同じような意見だけが続けて目に入りやすかったりする傾向がある。インターネット上ではないところでの人との交流も大切にしよう
・自分の意見の裏付けとなる証拠を探す時は、一つの事例や一人の声だけではなく、多くのデータがそれを示している場合を優先しよう
【旧:WEBマガジン・作家たちの電脳書斎 デジタルデン2023年7月19日公式掲載原稿 現:作家たちの電脳書斎デジタルデン 出版事業部 (https://digi-den.net/)】
ジャートム株式会社 代表取締役
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