そもそも思考での地域探究

子どもと地域社会の広がり

高校の探究や中学までの総合で、地域をテーマに取り上げる学校は多いようです。生徒に自身と社会とのつながりを徐々に広く意識してもらうなら、学校の次は地域でしょう。町内会やマンションの自治会あたりが最も身近で、次が学区でしょうか。子どもの頃、運動会が年に二回あったのを覚えています。一回は学校の運動会、もう一回は学区内の町内会対抗のもので、大人も子どもも大勢参加しました。その分、出番は一人一回しかありません。あとの時間は応援したり食べたり遊具で遊んだり喋ったりして過ごしましたが、地区の色々な人達と触れ合う良い機会になっていました。

社会科見学でも、まずは学区内にある様々な場所を訪れた記憶があります。商店街の八百屋さん、豆腐屋さん、文具屋さんなどを順に訪ねたり、大きなパン工場を見学させてもらったりした記憶が鮮明に残っています。また、ある時は、どこかを訪ねた際に現地解散となり、家がどっちかわからずに内心焦ったことを覚えています。もちろんグループ解散ですから同じ方角に向かう友達に付いて行けば良かったのですが、角を曲がって見慣れた風景が目に入るまでとても不安でした。小学生にとっては、学区とはいえ広いのです。中学に入ると複数の小学校区が合わさり、自転車でも端から端まで行くのが大変になります。高校に上がると通学手段が自転車やバスや電車になります。このあたりで、自分にとって身近に実感できる「地域」が、ほぼ全町や全市になります。小中を公立で過ごした人は、およそ似たような感じなのではないでしょうか。

地域探究の長所・短所

地域を探究のテーマに選ぶことの良い点は手軽・手近なことでしょう。学校や先生からすれば、地域の人に協力要請がしやすく、頼まれた側も喜んで協力してくれようとします。地域の様々な産業に関わっている大人からそれぞれ直接話が聞けるとなれば有意義な時間が過ごせることは間違いありません。学べることは多いでしょう。もし、「地理探究」としての実施であれば、社会科見学の延長・発展としての取り組み方があると思います。

ただし、「総合探究」としての取り組みだとすると、「自分を知り、自分と付き合う」自分探究の要素がそこに加わらなくてはなりません。探究対象とするテーマに対して、自分の主観や意思をしっかり持つべき総合探究において、地域の大人の主観や意思が先に入りやすい地域探究には、注意を要する点が数多くあると感じます。例えば、「地域の魅力の発信」「地域の伝統を今後に残す」など、大人が何気なく使う言葉の中にも危険が潜みます。どの土地にも、魅力に欠ける現実があるものです。伝統の中には今の時代に合わなくなっているものもあるかもしれません。自ら発見することや考えることを、大人は子ども達から奪ってはいけません。地域の魅力にその土地を離れてから気付いたという話をよく耳にします。普段の生活の中だけでは気付きづらいのが「魅力」と言えるでしょう。比較対象が見つからないからです。その点、反対に、不便なことには気付きやすいものです。「どうして大人達は、いつまでも同じやり方をしているのか。なぜ変えようとしないのか」「そもそもその考え方が間違っているのではないか」といったようなことです。そういう「もやもや」や「そもそも」を問う力を養成することを大人は邪魔してはいけないのです。地域探究の短所は、大人が介入し過ぎる危険性がある点です。

短期思考での介入が危険

例えば、利用者減で経営困難に陥っている「JR何々線」をどうするかの議論があるとします。大人達が立ち上げるのは「何々線の存続を考える会」でしょう。会を立ち上げた大人が意識・無意識に考えるのは「自分が生きている間は何とかして存続させたい」なのではないでしょうか。あと10年・20年、補助金を投入し続けてもらう陳情をすることが活動の中心になっているなら、そこに子どもを巻き込んで欲しくはありません。

今年17歳となる2007年生まれの子どもの半分は107歳まで生きるとも言われています。10年後・20年後から数えてまだあと80年・70年の生活が先にあるのです。自分事に寄せて対峙するには自分の人生を基準にした思考が必須です。補助金で運賃の不足を賄えたとしても、それは現状の設備のまま運営できる限りにおいてのことでしょう。設備は必ず老朽化します。維持や交換に必要となる費用の分の積み立ては別途考えなくてはなりません。また、経営難による低賃金が原因での運転士の成り手不足も問題です。自動運転は解決策の一つでしょうが、その車両設備を導入する資金がなければ、絵に描いた餅に過ぎません。

探究に関わる大人達に求められるのは、最低でも今の中高生自身の人生のタイムフレームに立った思考を促すことです。中高生が自らその子孫のことまで考えられたら尚良いでしょう。

【参照】 人生100年時代に向けて 厚労省

成否判定の指標、効果の測定

長期思考を促すには、まず、何年後かの「成功した姿」となった様子を思い描いてもらうところから始めるのが一つのやり方です。先の鉄道路線で言えば、車両の内観・外観、運行の仕組み、乗客の雰囲気、駅舎や沿線の様子などです。そうすることで、プロジェクトの成否について何を指標に測るべきかが見えてきます。また、そこに向かって綿密な計画が必要なことも意識できます。

SDGs(持続可能な開発目標)を念頭におく探究を推奨している学校でも、本来「持続」と密接な関係にあるはずの「長期」の思考への意識は欠けがちなようです。具体的な活動が単発イベントの実施だけになっているもの、全体計画の中でのそのイベントの意味・役割がはっきりしないものをよく目にします。また、そのイベント自体の成否の検証すらできていないこともあります。最低でも、単体イベントの成否をどう計測するかを考える必要があります。何人集客できたか、その日の売上金額はどれくらいあったか、その売上で経費を回収できたか、等はすぐに思い付くでしょう。

イベントの意味・役割に関連する評価は、長期的計画の元で実施しているかどうかにより変わります。先の赤字路線の黒字化プロジェクトでは、誘客イベントそのものは赤字でも、それによって認知や人気が高まり普段の利用者数が大幅に増えたとなれば成功と判断され得ます。反対に、誘客イベントには充分な集客があったのにも拘わらず普段の利用者が全く増えないとなれば、イベントは失敗であったと判断せざるを得ません。長期思考が元にあると、そのようなことも見えてきます。

「そもそも」を考えるにあたり

もし、何年後かの「成功した姿」が全く思い浮かばない、あるいはそれが現実離れし過ぎていると感じるのであれば、「そもそも」を本格的に考えなくてはなりません。元々の前提を疑う姿勢が必要になります。

一つは存続以外の方法を考えることです。「そもそもこの鉄道路線は必要なのか」です。路線は廃止するが、代替の移動手段を何か確保しようとするのか、それすら要らないと考えるのか、と順に見ていきます。鉄道路線は大量輸送向きですが、そもそも人口減で大量の人を一度に輸送する必要が今後なくなるのなら、必要な時に必要な人だけをフレキシブルに運べる手段を考えることになるでしょうか。その際、代替手段の設立・運用コストが現在の鉄道維持よりはるかに高くつくとわかれば、再度、鉄道に頭が向くかもしれません。

その他の「そもそも」の方向として、例えば「そもそも鉄道の役割は輸送手段としてだけなのか」を考えることがあるでしょうか。鉄道事業単体での黒字化は無理でも、鉄道が持つ他の活用可能な有効資産が何かないのかに目を向け、思考を広角にすると解決策が見えてくるかもしれません。

探究は恰好の思考訓練です。何を考えるべきか、どう考えるべきかにエネルギーを割いてもらいたいものです。その際、まずは「自分はこの問題をどう解決したいのか」がなければ始まりません。生徒には、興味を抱く問題を見つけ、それに対し自分の主観・意思をしっかり持って関わって欲しいと思います。

10歳からわかる「まとめ」

・地理探究としてではなく総合探究として地域をテーマにするのであれば、この地域(のある特定の問題)を自分はこう(解決)したいという意思が、まず必要

・生徒が自分の主観・意思をはっきりさせる前に、短期思考に陥りがちな大人が先まわりして介入し過ぎることは避けなければならない

・子ども達に長期思考を促すには、将来の「成功した姿」を思い描くところから始める方法がある。そうすると、プロジェクトの成否について何を指標に測るべきかや、そこに向かって綿密な計画が必要なことなどに気づくことができる

・「成功した姿」が思いつかなければ、そもそもそれは必要なのかを考えるなど、元になっている前提を疑うことが必要となる

以下、余談です。

長期的視点か目先の便利か

長期的視点で考えられなかった「先輩」が我々自身であることに、大人はもっと素直にならなくてはなりません。冒頭の社会科見学当時を振り返ると、私の頃は、買い物は、お豆腐屋さんには容器を持参し、八百屋さんには竹や木で編んだ買い物籠を持って行っていたものです。車で乗り付ける大型スーパーが町に進出するようになって買い物の仕方が変わりました。ほぼ毎日のように出かけていた買い物を週末一度で済ませるようになります。大量購入・大量袋詰めに合うように、レジ袋が名目無料で配られるようになり、豆腐もプラスチックの容器に入れられるようになって積み重ねて持ち帰ることができるようになりました。買い物時間の短縮を便利と思っていた時、プラスチックゴミを大量に排出していることを重く意識していた人はどれだけいたでしょうか。

その結果が、今、探究の課題として、生徒にプラスチックゴミ問題を考えさせてしまっていることに繋がっているのです。

第43回「探究『道具』を先に授ける」を読む