バカロレアの哲学試験はどんな問題か
バカロレアの哲学試験は制限時間4時間の小論文形式で実施されます。出題に対し、回答を導入・展開・結論の順で書き上げます。
過去の出題にはこのようなものがありました。「義務を認めることは、自由を断念することか」「法律は、我々を幸福にすることができるか」等、日本語にするとわずか20文字程度の大変シンプルなお題です。
これらの問いに対し論を展開していく訳ですが、ここでは個人の意見は求められていません。私はこう思う、こう考える、のような自分の思いとは別のところに論拠を求めます。
例えば、そのテーマに対する先人達の議論や教えです。試験前の一年間に哲学の17の概念について学ぶのはそのためです。設問は一問だけではありません。提示された数問の中から自分の得意な概念に関するものを選べます。
問題文の形式には共通点があります。「〜できるか」「〜してよいか」「〜すべきか」「〜は正しいか」のようにYes/Noで答えられる聞き方がされます。
自分の体験や感想で答えない
これらの可能性、権利、義務、真偽などを問う問題に対して、自身の立場すなわち「はい」の肯定派か「いいえ」の否定派か、あるいは何かの条件付き派かを明らかにします。
もう一方では、問題文にある一つひとつの言葉について意味を確認します。全体で20文字、一つずつでも数は多くありません。先の例なら「義務とは」「自由とは」「認めるとは」「断念するとは」くらいでしょう。
次に、いわば問題文に問いかける作業をします。5W1Hをイメージします。義務を認めると「なぜ自由を断念することになるのか」「どのように断念することになるのか」「自由を断念すべきなのは、誰でも/いつも/どのような場でもそうか」「断念すべき自由とそうでない自由があるか」等々です。
その自作の問いに答える時も論拠に使用するのは体験や感想ではありません。学んだ哲学者の主張や著作などを元に、正確に引用して論を展開します。同じように学んだ、具体と抽象、絶対と相対、事例と証拠等の主な対立概念や類似概念を手がかりとして論を展開していきます。
まずは箇条書きで書く内容をまとめる
いきなり書き出すのは危険ですから、まずは箇条書きで構成案を作成するところから始めます。
冒頭で、導入・展開・結論の順を示しましたが、「導入」に当たるのは言葉の定義や問いなどです。「展開」では問題に対して肯定の立場と否定の立場の両方を示していきます。書く順番は自身の立場を考慮に入れ、自身の主張と反対の立場の方から書いていきます。
「結論」は総合的なまとめです。問題に対する「はい」「いいえ」は、明らかにどちらと言い切れるようなことは少ないかもしれません。結論は、弁証法でいうところのジンテーゼ(正・反・合の合)に当たる部分になることが多いでしょうか。
こうして構成案が出来上がったら、いよいよ文章を書き始めます。文章化するにあたっては、箇条書きの構成案に引用やその説明を入れ、必要に応じて言い換えも必要でしょう。4時間の時間配分は、前半で構成案まで、後半で文章化というのが一般的なようです。
※詳細は、坂本尚志 氏『バカロレアの哲学』(日本実業出版社)をご参照ください。
反対意見を尊重する「フランス式」
スピーチやプレゼンテーションを上手くなりたいと思ったことがある人は、英語での、主にビジネスシーンで提唱されているPREP法やSDS法に馴染みがあるでしょうか。Point(結論)/Reason(理由)/Example(例)/Point(もう一度、結論)と、Summary(要点)/Details(詳細)/Summary(もう一度、要点)です。
あるいは、アメリカ式エッセイの書き方で、支持する立場/その論拠を3つ/最後に再度支持する立場、の進め方に馴染みがある方もいるでしょう。これらに共通するのは押しの強さです。あたかも自分(だけ)が正しいという態度で、一方的にこれでもかこれでもかと強気に押してくるという印象を私は抱いてしまいます。
まずは自分の主張を効率的に述べるにあたりこれらの手法を使うのはよいですが、グループの総意を決める場合なら、最後の繰り返しとなるPointやSummaryを述べる前に、他者の考えや主張を聞く機会を設けて欲しいと感じます。
フランスのバカロレアの哲学が大切にし、フランス国家が高校生のうちに身に付けてもらいたいと願っている「思考の型」は、反対意見を尊重し、反対意見を理解し、その上で自身の考えの正当性を主張するものです。相手の意見もよく聞いてみると、主張は確かで、論理的に破綻はしていないことに気付きます。ただ自分と意見が合わないだけです。それを頭ごなしに無視してしまうような人の態度を、知的で道徳的と呼ぶことはとてもできません。
ビジネスシーンでこそ一方的性急な結論に走らず、しっかりと互いの主張を交換し合う時間と心の余裕を持つことが必要で、それが最終的に、1 + 1が3になるようなwin-win以上の好結果に繋がります。私たち日本人は、どちらかといえば相手の声に耳を傾けることは得意なはずです。「フランス式」が、しっくりきませんか。
皆にとっての「最快適解」を探す
PREP法やSDS法を最初に知った時、これこそグローバルスタンダードだと習った人、そう受け取った人がいるかもしれません。私自身が「外国では/外国人は、こうしている」のように教わった記憶があります。
幸いなことに私は複数のいわゆるグローバル企業の中で働く経験があったため、後に「グローバルスタンダードの怪しさと危うさ」に気づく機会がありました。外国人スタッフは様々な国の出身者でした。アメリカ企業だからアメリカ人しか、フランス企業だからフランス人しか、いないということは全くありません。多種多様な人種が混在し日々交流しつつ盛り上がっている場所、あたかもCosmopolite(コスモポリート)でした。
成長・成功という共通目標があるので企業なら当然ですが、地区単位でもそのようなところがパリにはあります。Le Marais(3区・4区)やBelleville(19区・20区)です。同じ出身国の人同士が集まり「◯◯人街」を形成し、自分達の出身文化を異国の地でも実践しようとするのとは対照的です。
様々なバックグラウンドを持つ人々に元々共通していたことを見つけるのは大変です。集まった後で、自分たちで、皆に心地よいやり方を作り出すのが自然でしょう。力を持つ人が、自分がやりやすいように自分のやり方をスタンダードにしてしまおうとするのを黙って受け入れるのもよくありません。
そんな時こそエビデンス対話を使い、皆にとっての「最快適解探し」をしてみませんか。
10歳からわかる「まとめ」
・フランスの高校卒業試験には哲学の小論文があり、そのため高校生は哲学を勉強する
・勉強を通して、自分と異なる意見も理解尊重した上で自分の意見を主張するやり方を身に付ける
・自分のやり方をグローバルスタンダード(世界で普通のやり方や常識)として他人に押し付けたり押し付けられたりする前に、お互いの話をよく聞くことが大切
・仲間が変わるたびにみんなが納得できるやり方を確認し、必要ならやり方を変える
・そのように、みんなが賛成できる意見を探す時にも、エビデンス対話は役に立つ
【旧:WEBマガジン・作家たちの電脳書斎 デジタルデン2023年4月5日公式掲載原稿 現:作家たちの電脳書斎デジタルデン 出版事業部 (https://digi-den.net/)】
ジャートム株式会社 代表取締役
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