前例踏襲を打ち破る

その「前例」について整理する

あなたは今、前例踏襲を止め、現状により合った業務推進方法に改めるため、組織の中で声を上げようとしています。エビデンスを示しながら関係者を説得することを前提に、どのように進めるのが良いかを考えてみましょう。

まず、前例について整理し、特に、その前例がなぜ存在するのかを考えてみることから始めるのが良さそうです。

  1. 対象となる、前例に則った現在の進め方を具体的に示す
  2. 前例が存在する理由や背景を考え、明確にする
  3. 前例に則った現在の進め方について、あなたが感じている問題点を明確にする
  4. 前例に変わる新しい方法により、あなたが期待する改善・効果を具体的に示す

これらは、すべてあなたが一人で始められることとして列挙しています。単に「前例踏襲のやり方を変えたい」と漠然と声を上げても、また、感情的にただ怒りをぶつけても話は進みません。前述の材料を揃えた上で関係者とディスカッションを始められるところまで行くことを目標に準備を進めましょう。大切なことは、前例の良い点にも配慮しながら、それ以上の良い点をもたらすとあなたが考える「代案・解決案」をしっかり持った上で、話し合おうとする姿勢です。

説明する際の準備資料

雑談で終わらせず、しっかりと話し合うには目に見える資料があると便利です。どのようなエビデンスを備えた資料があると、議論が進みやすいかを考えてみましょう。

まずは「現在の進め方」を示すことが必要ですが、その中での「問題」を切り出します。問題の深刻度がよく伝わるためには、問題事例を示す写真や意見・声、それらの総量がわかる図表やグラフを用意するのが良いでしょう。また、問題が起きている「原因」についての分析を加えます。それによって、解決しなければならない「課題」が明確になるからです。あるべき姿と現状のギャップが問題で、問題を解決するために取り組まなければならないことが課題です。原因・課題が明確になれば、自ずと「解決案」も見えてくるはずです。ただ、解決案は、その段階であなたに見えていることにフォーカスしたものになっているはずです。他の立場の人には解決に役立たない場合もありますから、議論の焦点になるでしょう。ただし、それで終わりにせず解決案がもたらす「効果」についても述べるようにします。試算で構いません。やってみていない段階で効果を正確に予想することは難しいものです。それ故、ここでも議論が盛り上がりますが、議論の内容は、より具体的になっているはずです。

「問題」を提言するだけでなく、仮であっても、あなたの「解決案」とその「効果」までを提示することにより、議論の掘り下げが進みます。

関係者全員の意思確認

先の資料に基づいて説明する過程で、その業務に関わっている全員が同じように現在の進め方に不満を持っているかどうかが確認できるでしょう。ステークホルダー全員が現状に何らかの不満を持っているなら次に進むハードルは低いといえます。「不満はない」という人が関係者の中に一人でもいるなら、その該当者に、新しい進め方の優れた点をじっくり説明してわかってもらう必要が出てきます。何かを変えるにはエネルギーが要ります。現状に不満がない人に、わざわざ時間と手間をかけてもらうには、それなりの説得材料が必要です。ましてや現状を積極的に肯定する人がその中にいる場合には、説得が容易でないことを覚悟する必要があります。

なお、この時、前々記1.の「前例に則った現在の進め方」を示すにあたって、あなたの理解が関係者全員の役割分担とその業務の進め方にまで正しく詳しく及んでいれば、あなたの解決案に対して誰が異を唱えそうか、事前に予想することができます。

事前予想でやるべきこと

あなたの理解の範囲で作成した「現在の進め方」を示す図を見ながら考えるべきことは、以下の通りです。

  1. 前例を支持している人は、職場でどのような立場や役割にあるか
  2. 彼らが前例を支持する理由は何だと思うか
  3. 新しい進め方は、彼らにどのような(マイナスの)影響を与えそうか

このような観点から考えることで、まず、変革を進めるにあたっての障壁や、説得が必要なポイントが見えてきます。変革を進めるにあたっては、既存のメリットを損なわず、新たな価値を提供できる方法を考えることができれば有利です。全員が納得する完璧な方法はないかもしれませんが、できる限り多くの人にとって受け入れやすい形で提案を進めることが成功につながりやすいでしょう。ただし、「最終意思決定者」一人の反対で全てがひっくり返る可能性はあります。その場合は、その意思決定者にフォーカスした対策を考える必要が出てきます。

説得のための材料の準備

説得に使える材料は、相手によって異なることを意識して準備する必要があります。その相手にとってメリットになることでなければ説得には使えません。「全体のためになることですから、あなた一人だけ涙を飲んでください」式のお願いは、先の最終意思決定者相手には、特に通じないと考えておくべきでしょう。

このような書き方をすると、その最終意思決定者が随分と大人気なく意固地な人に思えてしまうかもしれませんが、例えば、経営者に、先行投資する資金が手元にまったく無いという状況は想像に難くないでしょう。「今のままでも企業に安定した収入がある。新しい機械を導入すれば従業員の負担は減るが導入には多大な費用がかかる。その導入コスト分が帳消しになり利益が出始めるまでには何年も必要」という場合、借金にはなかなか踏み切れないかもしれません。しかし、従業員の負担の軽減が、余剰人員が出るほどのものであった場合は話が変わってきます。その余剰人員を別の人員不足の部署にまわせるとなれば、経営者が前向きに考えてみようとする可能性も出てくるでしょう。交渉では、そのような「交換条件」を示せるかどうかが鍵になります。そのためには、相手への理解が浅くてはうまくいきません。あなたが考えている案件そのものでは相手にとって不満も困りごとも何もない場合でも、別の案件では何か解決したいことがあるかもしれません。それを嗅ぎつけられるかどうかが成否の分かれ目になります。先の「最終意思決定者」は、階級が上の人ですから、全く別の案件も並行して責任者になっていることが多いものです。視点をその人と同じところまで上げて広く見てみると、提示できる「交換条件」があることに気づけるかもしれません。

10歳からわかる「まとめ」

・何かを変えるには、まず、現状について整理する

・特に、現状のやり方を採っている理由・背景や、現状の良い点をまず理解する

・あなたの改革案は、それがもたらす効果を添えて提示する

・あなたの改革案が全体では効果をもたらすものであっても、それにより不利益を被る人が出てしまう場合には、その人に提供できる「交換条件」を、視野を広げて探し出す

以下、余談です。

視点を一つ高く置く

前例踏襲については、「ウチが我慢すれば済むこと」という意識が気付かぬところで大きな問題を引き起こしていることがあるものです。ウチだけのつもりで我慢していたのに、他の部署も皆同じように感じていたとなれば笑うに笑えません。誰かが声を上げてみる勇気が必要でしょう。また、社会が大きく変わっているなら、変わらないことがいつの間にか「逆行」となっていることもありえます。それに気付くには、いつもと同じ高さより、もう一つ視点を上げて自分の周りも含めて見える位置に立つことが大切です。また、視覚を補助する意味で聴覚を活用し、壁の外の声が常に入ってくるような環境を整えようとすることも大切でしょう。

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