全市民に探究心を

探究マインド

ある市から「探究学習アドバイザー」の委嘱を受けるにあたり考えたのは、義務教育期間の子ども達に関われるなら、いっそのこと子どもから大人まで、その市の市民全員に「探究マインド」を今一度力強く持ってもらえるような取り組みを何か考えてみたい、ということでした。いわば生涯の楽しみとして、市民の皆が常に探究心を持ち続けられるよう、刺激を提供し続けるようなことです。あえて「生涯教育」や「生涯学習」とは呼びませんが、遠からずではあります。「生きる力」が必要なのは大人も同じ、もしくは大人にこそだからです。

協力者の理解を深める

市民の中でも、まずは現在、小中学校の総合学習に直接協力してくれている地元の企業や一般の人に対して、総合・探究活動の目的などについて一度改めてきちんと説明し、フィードバックをもらいつつ、ディスカッションを深めていきたいと考えています。運営等に関して更に有効なアイデアを関係各位からもらうにあたっては、その前提が、お互いのお互いに対する正しく深い理解であることは間違いないからです。

その過程で、企業が、自身の企業の中においても既存の社員や今後入社してくる新人社員を対象とした、仕事関連の「探究プロジェクト」推進の面白さや可能性に気づいてくれたなら、そこから探究の輪が広がっていくからです。

創業者は皆「探究」の達人

企業活動と探究の相性が良いことはいわば自明です。何か特別な発明を商品化に結び付けた企業はもちろんいうまでもありません。また、商品自体に特殊性はなかったとしても、「場所性」を最大限に活かしてその土地でのマーケティングに成功している企業も、まさに探究をした結果、それが実現できているといえます。自社の取り組みに関して「やると決めたこと」「やらないと決めたこと」と、その理由・根拠がはっきりとしていれば、まさに「自社探究」を極め、Authenticity(正真正銘の姿、あるべき本来の姿)を見定めていることにもなります。

また、上記の如く創業者が始めた事業を引き継いだ社員は、時代の変化を読み取りつつ、自社が提供する製品やサービスの「価値を変えずに形を変える」よう、自社の原点を大切にしていることでしょう。これらはすべて、対象が自分自身か自社かの違いはあっても、「探究」が目指していることに関わっています。

仕事以外での探究

このように、仕事と探究を結び付けることは、実はさほど難しいことではありません。ライスワークなどという言葉がなかった時代、仕事に心血を注いできたという世代にとっては特にそうでしょう。ただ、その人たちには、仕事以外のことで何か探究の対象を持ち続けることは反対に難しいのかもしれません。仕事以外に特に趣味はないという人なら、定年後に改めて何か新しい趣味を見つけようとするより、もしかしたら、定年後も好きな「仕事」をボランティア的に続けられる方法を見つける方が、簡単でわかりやすい解決法であるかもしれません。

一方、ライスワークという言葉が使われるようになったのは、仕事は仕事と割り切る人が増えてきたからでしょう。趣味や生きがいを仕事とは別に何か持っている人は、定年という仕事上のタイムリミットを特に気にすることなく、それを続けていけます。

認知症の予防や対策としても、何かを押し付けでやらせるのではなく、まずは「その人のやりたい気持ちを引き出すことが大切」と聞きます。「これなら」と思えるものを、老若男女一人ひとりが何かしら持ちたいものです。

「これが自分のライフワークだ」と思えるものを誰もが持っている社会・「まち」なら、きっと皆、活き活きと暮らしているはずです。また、そのライフワークに関して持っている知識・経験などを、物々ならぬ「事々(ことこと)交換」としてギブアンドテイクし合う仕組みを持てば、その「まち」の活性度は更に高まることでしょう。

「伝える」を極めてみる

「私には他人に教えられることなんて何もない」と思う人は、こう考えてみてください。義務教育の間は、検定に通った「同じ」教科書を使って、皆、誰しもが「同じ」ことを学びます。高校からは、大きく普通科と職業科などに分かれ、学ぶ内容に違いが出てきます。中学卒業後すぐに職業に就く人は、高校生がまだ知らない仕事についての学びが始まります。15歳を境として、同じ年齢の仲間同士でも「知っていること」「経験したこと」に徐々に違いが出始めるものです。趣味や習い事、家業の手伝いなどといったものに関連することなら、もっと幼い頃から「差」が現れはじめているはずです。

「教える」を「相手が知らないことを伝える」ことだとすると、誰を相手・対象とするかさえ意識すれば、誰もが何かしら教えることができるものを有しています。あなたにとっては当たり前のことを話しているのに相手がきょとんとしていて、「えっ。そんなことも知らないの?」と感じた経験を思い出してみましょう。それが、あなたが伝える側にまわれるテーマです。それこそおそらく、子ども達が探究学習の過程であなたの話を聞きたいと尋ねてきた時、そんな場面に多く出くわすことでしょう。

さて、話してみた後で感じるのは「もっと上手く話せたらよかったなぁ」でしょうか。次回に向けては、その振り返りを活かし、話の内容、話す順番、提示物などを変えてみながら実験と実践を続けていきます。

「語り部」は、いわば人類の発展にとって、どの分野においても必要な人達です。

まちの「探究語り部バンク」作り

探究に関連して、専門家のネットワークを整備したいという要望を学校や教育委員会から耳にすることがよくあります。児童・生徒が相談できる専門家を、都度つどゼロから探し始めるのは大変なので予め組織しておきたいと、日々業務に忙殺されている教師が考えるのはごく自然なことです。ただし、その「専門家」の定義を、学識者など、かなり狭く捉えているような印象を受ける場合があります。

特に、小中学校の総合学習や、高校でも地域探究を主な対象とするなら、地域の様々な実践者との間で密な関係を築いておきたいものです。

各自治体が語り部バンクと、語り部のスキルアップの仕組み作りを検討してみるのは、「まち」の活性化にとって面白い取り組みといえるのではないでしょうか。

10歳からわかる「まとめ」

・義務教育での総合学習・探究学習をきっかけに、子どもから大人まで、その「まち」の人全員に「探究マインド」を醸成するような仕掛けを考えてみるのは面白いだろう

・企業と探究は、元々、相性がよい。企業人が探究に取り組むのは仕事の延長としても出来るだろう。仕事以外の趣味や生きがいがある人には、それが探究の対象になる

・探究している人は、それを誰かに伝えることを試みてほしい。それぞれが「伝える」ことを極め、「まち」に多くの語り部が生まれ、互いに伝え合う「事々交換」が進めば、「まち」はより活性化していく

・各自治体が、語り部バンクと、語り部のスキルアップの仕組み作りを検討してみることは、「まち」の活性化にとって面白い取り組みといえるのではないか

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