知識・経験の分かち合い

「事々交換」のすすめ

前回、何かを探究している人はそれを誰かに伝えることを試みてほしいということを書きました。住民のそれぞれが「伝える」ことを極め、「まち」に多くの語り部が生まれ、互いに伝え合う「事々交換」が進めば、まちはより活性化していくと考えるからです。

今回は「伝える」をどう極めるかについて考えてみます。

Communication

コミュニケーションは、Common (共通の)と語源を等しくしています。Common Senseは「常識」と訳されますが、文字通りには「共通・共有する感覚」ということです。コミュニケーションの目的は、お互いに共通とするもの、共有するもの、分かち合うものを増やしていくことにあるといえます。

Communicationは「いのちの触れ合い」と訳すべき言葉だとかつてある人から教わったことがあります。自身の実体験に基づいて身に付けたことや知識などを伝える内容とし、伝えられる側がそれらを真剣に受け取ろうとしているのであれば、まさにそのように表現してもおかしくはないでしょう。

伝えるという行為を、自身の頭の中に思い描いたことをそっくりそのまま相手の頭の中に移すことであったり、自身が身に付けた身体の動き(やコツ)を、真似できるように相手の身体に移すことであったりというように捉えるなら、それはかなりてこずりそうなタスクといえます。頭の中や身体に有していることや感覚を、普通は、一つひとつの過程に分解しつつ、それぞれを自分なりの言葉で表現し、それを聞いた相手がその言葉を解釈して頭の中や身体で再構築・再現しようするものだからです。かつて著名なプロ野球選手が現役引退後の少年野球教室で「グゥーッと構えて腰をガッとする。あとはバアッといってガァーンと打つんだ」と説明したというような話が伝説になっています。伝える側にしたら、言葉ではそのようにしか表現できないことも多々あるでしょう。もっともこの場合は実演付きですから、熱意とともに伝わる可能性がゼロではないのですが。

伝えるプロの教師にできること

自身で身をもって出来ることと、それを他人も再現できるようにうまく説明し伝えることは全くの別物と捉えるのが良さそうです。

その点、教師は教える・伝えることのプロです。教師が一緒にいなくても生徒が問題を解けるよう、まずは伝えた解法をひとりで再現できるようになり、時には、その後、自身オリジナルの解法を見つけられるようにもなるよう、生徒や児童を励ましサポートすることを仕事としているのが教師です。

現在の教育では、特に高校生には、自分で課題を発見してくることを求めています。これまで以上に生徒の自主的な学びを促すことに、今後、教師の役割もよりシフトしていくことになるでしょう。そうなれば、教えることとは少し様子が変わってきそうです。また、生徒が見つけてくる課題は多種多様の広がりを見せますから、課題解決に向けて教師が力を貸すことができない場合や分野もあるかもしれません。生徒の課題にヒントをくれそうな人が学校の外にいる場合、生徒はその人のところに助言を求めて行くことになります。しかし、その人は、生徒をはじめ他人に伝えることを得意としていないかもしれません。そんな時こそ、伝える・教えるプロの教師が活躍できる場面です。生徒をサポートするのではなく、生徒に伝えてくれようとする人のサポートをする側にまわってみるのです。「事々交換」がうまくいくには、まちの人の皆が伝え上手になることが必要になりますから、そのようなサポートがより重要になってきます。

「事々交換」のインセンティブ

うまく伝わったという経験は、人をやる気にさせてくれます。せっかくですから、更に勢いをつけるため、「事々交換」を成功させるインセンティブを他にも考えてみることにします。何か報酬があれば、やる気は更に高まるでしょうから、伝え合う活動を定着させる仕掛けを何か用意したいところです。

考えられる候補として、デジタル通貨(ポイント)を媒介させるのはどうでしょうか。

ポイントの消化に期限を設け、さらに、誰かに何かを教えたことによって得られたポイントには、主には誰かから何かを教わることに使用しなければならないなどという使用制限を付ければ、学ぶ意欲を半ば強制的に高める効果も生まれるでしょう。加えて、ポイント残高がいくらいくらを下回らなければ、次にまた誰かに何かを伝えることができないなどの制限を付けられるなら、学び合いの回転速度を高めることも期待できるでしょうか。教えることが好きな人には教わることの楽しさも味わってもらいながら、自身の教えるスキルや内容のアップデートを意識してもらいたいと思います。

ポイントの他の用途については、地元の商店での買い物等に使えるなど、その地域の活性化に繋がりそうなものを優先するのが良いでしょう。乗り合いタクシーなど、ラストワンマイルを実現する地元交通の利用にポイントが使えるようにするのも有効でしょう。

予算を付けるにあたっては、これまで必要経費とされてきた費用を減らせる目処を立て、浮いた分を流用させることで考えてみます。健康増進活動と結び付けたポイントの貯め方を考えることで、医療費を削減できる効果が認められるなら、その予算が活用できます。いずれにせよ、域内での活用範囲を徐々に広げつつ、学び合いの浸透を図っていくことを考えてみましょう。

デジタル通貨にする効用

一時期、一般のニュースなどでも随分と数多く集中的に耳にしたDXという言葉も、最近はあまり聞かなくなってきました。しかし、もちろん、DXが完了したわけではありません。単に、マスコミの関心が現在そちらに向いていないだけです。今後あちらこちらで進むデジタル活用の動きに取り残されてしまう市民を作り出さないためには、日頃から使い慣れてもらうことが大切です。まちが力を入れる施策の中に、自然にデジタル活用の仕組みを組み込ませることによって、新しい形の報酬や、報酬の新しい受け取り方・活用の仕方などが、一般の市民に伝わっていくようにすることができます。

「探究のまちづくり」を目指すことによって、様々なことが「総合」されるようになっていくこと。これは、まさに「探究」が目指していることの体現に他なりません。

10歳からわかる「まとめ」

・「事々交換」を成立させるには、皆が伝え上手になることが必要

・生徒が自分で課題を見つけ出せるようになることを目指す昨今の学校環境では、教師の役割も徐々にシフトしていくことが予想される

・「伝える・教える」のプロである教師の活躍の場を、大人の「伝え手」を鍛えることに求めてはどうか

・「事々交換」のインセンティブには、デジタル通貨(ポイント)の活用が有効かもしれない。活用範囲を広げることで、探究のまちづくりが促進されていくことになろう

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